2017年の旅 アイルランド 北アイルランド コッツウォルズ

花花

第6日 6月27日(火)水色枠の写真はクリックすると拡大写真になります。

今日の行程       Griffin Lodge Guesthouse --- Brigit's Garden --- Errislannan Manor Garden ---
                Clifden(Shopping) --- Sky Road --- Kylemore Abbey --- Griffin Lodge Guesthouse
今日の走行距離     200 km
今日の万歩計      17,400 歩
今日の出発時気温    15.0 ℃

グリフィン・ロッジ・ゲストハウス  Griffin Lodge Guesthouse

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グリフィン・ロッジ・ゲストハウスの第一夜が明けた。今朝は快晴だが、 昨夜は激しい雨が降った。屋根裏部屋の斜めの天井の明かり取り窓を打つ音に目が覚めた。朝はその窓から光が漏れて早朝に目が覚める。 バスタオルでカバーをして寝直す。
フレッシュ・フルーツのミックスの他にグレープフルーツのコンポートが置いてあった。大好物だからラッキーだ。 両方をヨーグルトと共にいただく。ここのフル・アイリッシュ・ブレックファストはブラックプディングが付いている。 マッシュルームがないのが寂しい。ともあれ、美味しくいただく。
最初のガーデンのオープン時間まで少し時間があるのでポストカードを幾葉かしたためる。

ブリジッツ・ガーデン  Brigit's Garden

ブリジッツ・ガーデンも2013年に続き2回目の訪問だ。 ケルトの伝説と神話(Celtic heritage and mythology)の心に触れる不思議な旅(Magical Journey)を謳い文句としている。 広さは11エーカー(東京ドーム1つほど)と言うからさほど広くはない。
一方、ファミリー・フレンドリー(family-friendly)も売り物にしている。入り口に枝振りを生かした愉快なモニュメントがある(写真下左)。

Brigit's Garden Brigit's Garden Brigit's Garden

ケルトの伝説と神話(Celtic heritage and mythology)の心に触れる4つのガーデンを回る。 1つ目は冬を表すサムハイン・ウィンター・ガーデン(Samhain Winter Garden)だ。サムハイン祭(The Festival of Samhain)は10月31日に行なわれるケルト族の祭りで “死の神サムハインをたたえ,新しい年と冬を迎える祭り”だという。(ハローウインと同じ日だ)
池の周りの土手は眠る女性の形をしており、私の独自の解釈では池(写真上中)は子宮を表し、 葉っぱの形のブロンズで形作られたうずくまる人の像(写真上右)は胎児を表しているように思う。やがてくる春への希望と夢を表しているように思える。 女性の形をした土手は今は野生の草花(Wild Flowers)とグラスのドレスをまとっている。
次のインボル・スプリング・ガーデンとの間にバスケットのブランコが4つある広場がある(写真下左・中)。"Children's Glade"への入り口だ。暫し童心に帰る。

Brigit's Garden Brigit's Garden Brigit's Garden

春を表すインボル・スプリング・ガーデン(Imbolc Spring Garden)に入る。インボル祭は2月1日に行なわれる春祭りで、子羊が誕生し、 スノードロップが開花し、土地が再び目覚め、成長が再び始まる新しい生命の季節を祝う祭りだ。現在の"St. Brigit's Day"に当たる。
周囲より1段低いサンクン・ガーデン(Sunken Garden 沈床式庭園)は円形に石が敷かれ何やら刻まれている(写真上右)。 説明に寄れば"Brigit"、"Celtic Christian Saint"、"pre-Christian goddess"の3神のシンボルを表す3つのらせん模様だという。理解不能だ。
4つのガーデンの中心に藁葺き屋根のケルトの円形小屋(Roundhouse)が建っている(写真下左)。 小さな素朴な小屋だが、中に入ると壁は漆喰で塗られ、インテリアも整っている。

Brigit's Garden Brigit's Garden Brigit's Garden

次はビールタイン・サマー・ガーデン(Bealtaine Summer Garden)だ。5月1日に行なわれる夏祭りで現在の"May Day"になる。 性的覚醒、結婚、若人・成人の冒険を祝う火祭りだという。ビールタイン・サマー・ガーデンは2列のスタンディング・ストーン(写真上中・右)の一端に炎を表すモニュメント、 もう一端に炎の形をした王座がある(写真下左)。火祭りの庭だけに赤い色の花を使っている。

Brigit's Garden Brigit's Garden Brigit's Garden

この先は"Children's Glade"と呼ばれる広場だ。ワイルド・フラワーのメドーや果樹園の合間にいくつかの遊具が置かれている。 その一角に"World Fountain"と名付けられた噴水らしきものがある(写真上中)。今は水が出ていない。説明書きによれば、春分・秋分と関係あるらしいがよく分からない。 このガーデンのコンセプトはかなりのオタクでややこしいのだ。それはそれで面白いとは思うのだが・・・。
その広場の樹木が七夕の短冊のように飾り付けられている(写真上右)。ウィッシング・ツリー(Wishing Tree)はアイルランド、スコットランド、ウェールズ、 コーンウォールなどケルト民族の風習で願い事を記した布や紙を樹木に吊るす儀式だ。スタンドに短冊とペンが用意してある。“アイルランドへ再び”と記し木に縛り付ける。

Brigit's Garden Brigit's Garden Brigit's Garden

上述のラウンド・ハウスとは別にこの広場にも円形小屋がある(写真上左)。こちらの内部は柱も萱も剥き出しのままだ。
こちらはテラコッタ製の像だ(写真上中)。この像に関する情報は全く掴めない。男女が支えている丸いものの一面は“月”であり、もう一面は“太陽”を表しているのは疑いない。 土台の文様の一方(太陽側)は“ケルト十字”で間違いないが、もう一方は?だ。興味は尽きない。
続いて秋を表すルーナサ・オータム・ガーデン(Lughnasa Autumn Garden)に入る。ルーナサ祭は8月1日を中心に催される収穫の祭りだという。
螺旋の形のスパイラルベッド(Spiral beds)が連なり、その植栽はハーブだ(写真上右)。ハーブは古代より癒やしにも食料にも利用されてきたのだ。

Brigit's Garden Brigit's Garden Brigit's Garden

そして、その隣に2つのストーン・サークルが8の字に重なった形で立っている(写真上左・中)。1年のサイクル終わりに近づき(ケルトでは冬に始まり秋に終わるのだ)、 この1年に達成したことの全てに感謝と祝福を込めて行なう祝宴とダンスのためのスペースだという。写真上中の奥のサークルが祝宴の場、 手前のサークルがダンスの場のようだ。
また、秋は死を迎えサイクルの完了する季節でもある。ストーンサークルの横に幾つも並んでいるマウンド(写真上右)は墳墓を連想させる。(飽くまでも私の個人的印象だ)

Brigit's Garden Brigit's Garden Brigit's Garden

4つのガーデンから離れ森の中の散策に移ると“妖精の砦(Fairy Fort)”に遭遇する(写真上左・中)。シダや苔のがうっそうと茂る谷間に小さな妖精の小屋が建ち並ぶ。 アイルランド人が自然の中に存在すると考える精霊や神秘的なものを尊重し、大切に守り続けようとする豊かな想像力の中で生まれたものが妖精だ。 アイルランドの妖精は可愛いとか美しいとかいうものとは少し外れて妖怪的なものが多いのが特徴だ。そんな妖精達が静かに眠る明けやらぬ森の谷間だ。

Brigit's Garden Brigit's Garden Brigit's Garden Brigit's Garden

周囲の木々の根元を覗くと妖精の扉(Fairy Doors)があちこちに見つかる(写真上下)。ノックをしてみたい衝動に駆られるが、そこは自重する。

Brigit's Garden Brigit's Garden Brigit's Garden Brigit's Garden

さらに森の中を行くと樹の下に正座で瞑想する女性の像がある。サムハイン・ウィンター・ガーデンでうずくまっていた胎児とみた像と共通点がある。 こちらはブロンズではなく石片を貼り合わせている。近寄りがたい雰囲気があり、遠くから眺めて去る。
次に現れたのは柳の垣根とスタンディング・ストーンに囲まれた石のテーブルのようなものだ(写真下中)。丸い石板に冬至である12月21日の午後6時の星座が刻まれている(写真下右)。 説明板に寄ればドリーム・シェルター(Dream Shelter)とあり、この石板に仰向けになり下の板の星座と上空の星座に挟まれて冬の暗闇の中で静かに成長する新しい命を夢見る場所だという。 本当に難しいガーデンだ。まだ探せばいろいろありそうだが、次のホース・トレッキングの時間も迫ってきた。ここまでとしよう。

Brigit's Garden Brigit's Garden Brigit's Garden

エリスラノン・マナー・ガーデン  Errislannan Manor Garden

今日のメインのアトラクションはカイルモア修道院だ。コネマラ国立公園(Connemara National Park)の一角に位置する。
旅の楽しみの一つにホース・トレッキングがある。今年もどこかで1度は組み込みたいとリサーチした結果、コネマラ国立公園のエリスラノン半島の エリスラノン・マナー・ガーデンでポニー・ライディング(Pony Riding)ができると分かった。
それにつけても、トレッキングはお天気の日でないと楽しみが半減する。それで今回は事前の予約はしていない。今日は幸運にもトレッキング日和だ。 そこでブリジッツ・ガーデンに入る前に電話で予約したところ12時のスタートでOKが取れたのだ。

Errislannan Manor Garden Errislannan Manor Garden Errislannan Manor Garden

12時到着、可愛いオフィスだ(写真上左)。犬が寝そべっているだけで誰もいない。奥の馬場ではスクールが行なわれている(写真上中)。 厩舎ではポニーがスタンバイしている(写真上右、下左)。我々の乗るポニーかと、期待感が膨らむ。
若い女性のインストラクターがやってきて「少し待ってね。今レッスンが始まってしまったの」と言い去る。20分ほど待たされて伝えられた言葉は 「ごめんなさい。今日はトレッキングはできない」だ。2時間前に電話でOKと言ったものが、なぜそんなことになるのか? 信じられないし、納得できない。 「良かったら、ガーデンを見ていって」と立ち去ってしまう。他には誰もいない。これまで抱いてきたアイルランド人に対する好感度が大きく傷つく。

Errislannan Manor Garden Errislannan Manor Garden Errislannan Manor Garden Errislannan Manor Garden

Errislannan Manor Garden Errislannan Manor Garden Errislannan Manor Garden

憤懣やるかたない。帰り掛けの駄賃としてガーデンを散策する。さして大きなガーデンではない。15分もあれば一回りできてしまう。
ガーデン・デザインは緩やかな半島のスロープにスカルプチャーやガーデンファーニチャー、バードバス、 サンダイアルなどフォーカル・ポイントを並べた良くあるスタイルだ(写真上下)。

Errislannan Manor Garden Errislannan Manor Garden Errislannan Manor Garden

この半島は気候も比較的温暖なのかもしれない。南国風の植栽も見られた(写真下左)。
マナーハウスはこぢんまりした可愛いハウスだ(写真下中)。サンルームでは初老の女性が雑誌など眺めていて、 我々が通るとメガネの奥から上目遣いに眺めた。ここの主だろうから一言文句を言いたいところだが、止しておく。 眼下に湖が見える(写真下右)。

Errislannan Manor Garden Errislannan Manor Garden Errislannan Manor Garden

コネマラ・ドライブ  Connemara Drive

Errislannan Manor Garden Errislannan Manor Garden Errislannan Manor Garden

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エリスラノン・マナーからR341に向かうローカル・ロードでコネマラ・ポニーの群れに出合う(写真上)。くつわをはめていない。ひょっとしたら野生かもしれない。
少し西に進むと大きなモニュメントが現れた。アルコック&ブラウン記念碑(Alcock and Brown Memorial)だ(写真右)。大きなサンダイアルにも見えるが、これは飛行機の尾翼だろう。 ジョン・アルコック(John Alcock)とアーサー・ブラウン(Arthur Brown)は1919年6月にカナダのニューファンドランド島からここから3kmほど先のクリフデンまで 初の大西洋無着陸横断に成功した飛行士なのだ。飛行時間は約16時間だったという。当時、大西洋無着陸横断という冒険にはイギリスのデイリー・メール紙が1万ポンドの賞金を賭けていたのだ。 そして二人はジョージ5世王からナイトの称号も与えられたのだという。
ところで、「翼よ、あれがパリの灯だ!」で有名なチャールズ・リンドバーグのニューヨーク・パリ間の単独無着陸飛行の成功は1927年5月だったのだ。
モニュメントの前が展望台になっている。氷河時代に形成されたフィヨルドが見られるのだ(写真下)。 この辺りの地図を見るとたくさんの湖沼と細く長い湾が連なっているのが分かる。

Connemara Connemara Connemara

クリフデン街歩き・ショッピング  Clifden(Shopping)

コネマラ地域で最も大きな街であるクリフデンを訪れる。とは言っても、メイン・ストリートは200mばかり、街を1周しても1kmもないだろう。 しかし、なかなか面白そうな街だ。ショッピング情報も手に入れた。
N59沿いのツーリスト・インフォーメーション・センター(TIC)の裏にあるフリー・パーキングに車を止める。少し空腹感を感じるのでTICでクリーム・ティーの出来る店を訊く。 「この街にはお薦めできるティールームはないは。クリーム・ティーはできないけどお茶だけなら隣のホテルがお薦めよ」という。

Clifden Clifden Clifden

隣のホテルはクリフデン・ステーション・ホテル(Clifden Station House Hotel)という。 レセプションで「コーヒーとリフレッシュメントを」とオーダーすると、「ビスケットしかありませんが良いですか?」とロビーで待つこと暫し、 香り高いコーヒーが運ばれてきた。ビスケットは5種類あり、それぞれに味わいが異なる(写真上左)。抜群の美味しさに驚喜する。
ところで、ステーション・ホテルと言うが、鉄道は通っていないはずだ。調べてみるとミッドランド・グレート・ウェスタン鉄道(Midland Great Western Railway)が ゴールウェイとクリフデンの間を1895年から1935年まで通っていたようだ。もう80年も前の話だ。
お腹も満足したところで街歩き開始。メイン・ストリートに向かう。建物がパステルカラーで塗り分けられ、清潔感のある気持ちの良い通りだ(写真上中・右)。 ショー・ウィンドーの飾り付けも斬新でお洒落だ(写真下)。

Clifden Clifden Clifden

西に向かって右側の歩道を歩く。ギャラリー、本屋、化粧品店、カメラ屋、花屋(写真上右)などが並んでいる。レストラン、バーも多い。
"Millar's"というショー・ウインドーが4つもある大きなアート・アンド・クラフト・ショップ(Art and Craft Shop)が現れた(写真上左・中)。 入ってみる。私はストロー・ハットが気に入った(写真4つ下右)。妻は夏用の小さなベストが気に入ったようだ。それぞれ求める。

Clifden Clifden Clifden

メイン・ストリートの西外れはタウン・スクエアー(Town Square)だ。ミレニアム・モニュメントが立っている。 上述のアルコック&ブラウンを冠したホテルもある。銀行、ジュエリー、ギフト・ショップ、酒屋、ファーマシー、スーパー・マーケット、レストラン、B&Bなど何でもある。 ここの変則五叉路を左折してマーケット・ストリートに入るとお目当てのコネマラ・ブルー(Connemara Blue)がある。 壁全面がショッキングピンクに塗られている(写真上左)。別名ピンクハウスとも呼ばれるガラス工房の店だ。ショー・ウインドーにお気に入りを発見(写真上中の左下)、入店する。
素晴らしい作品が所狭しと並んでいる(写真下)。店員に断り、一つ一つ鑑賞させてもらう。ため息が出るほど美しい。持ち帰りの重量と価格を考えなければ、 持ち帰りたいものばかりだ。が、最初に気に入った"Sheep Palette"という作品をお持ち帰りとする(写真3つ下左)。もう1つ、友人に羊の顔のコースターを求める。
コネマラの空、川、湖、海の無限のブルーを表現することに注力しているので“コネマラ・ブルー”と名乗っているのだそうだ。楽しい買い物をした。

Clifden Clifden Clifden

Clifden Clifden Clifden

メイン・ストリートに戻り、さっきと反対側を歩く。こちら側にはB&B、レストラン、バーなどが多い。
お目当てのザ・ケルティック・ショプ(The Celtic Shop)を見つける(写真上左)。入り口の中ドアーがハーフ・ドア(Half Door)になっている(写真上右)。 1つのドアが上下別々に開く仕掛けだ。上だけ開けておけば窓のように使えるし、子供や動物が勝手に外に出られない構造だ。アイルランドでは各地で見られる。
さて、店には行って期待通りに小躍りする。最初に見つけたのは写真下中のガラス製の置物だ。妖精のように見える。後ろにキャンドルが付いていてグラスを照らす仕組みだ。 妻が好きな妖精は女性の背に羽の生えた妖精だ。既述のようにアイルランドの妖精は可愛くない。ようやく可愛いフェアリー・グッズが見つかった。
次は木製のアイリッシュ・ハープの置物だ。今回の旅のために友人からダブリン在住のハープ奏者の情報をいただいた。その友人へのお土産としてどんぴしゃりだ。
妻の友人へコースターも3点見つける。奥行きの深い店内にはケルティックな雰囲気の品物がたくさんある(写真上中)。見ているだけで興奮してくる。

Clifden Clifden Clifden

スカイ・ロード(クリフデン城)  Sky Road(Clifden Castle)

スカイ・ロードのドライブに出発しよう。クリフデン湾(Clifden Bay)の北側に細長く伸びる半島をくるり1周する周遊コースがスカイ・ロードだ。
クリフデンを出発して2kmでクリフデン城のパーキングに到着する。パーキングの周りの牧草地には黒顔羊がわんさか群れている(写真下左)。 城門(写真下中)を潜って悪路を城に向かう。周囲は羊だらけだ(写真下右)。対して人間の姿はほとんど見受けない。

Sky Road(Clifden Castle) Sky Road(Clifden Castle) Sky Road(Clifden Castle)

行けども城の姿は見えない。見えるのはエメラルドの牧草地とクリフデン湾のにび色の海(写真下中)、羊と牛とスタンディング・ストーンだ(写真下左)。
初めて擦れ違ったカップルに「城はどこか?」と訊ねると、後方を指さす。その先に城が見えた(写真下右)。道はS字に大きく蛇行しているのだ。 目的地が見えないから遠く感じたが、10分ほどで城に到着する。

Sky Road(Clifden Castle) Sky Road(Clifden Castle) Sky Road(Clifden Castle)

城は1818年に地主のジョン・ダーシー(John D'Arcy)によって建てられたものでゴシック復興型(Gothic Revival style)の建築だ。
しかし、1845年に飢饉に襲われ、小作人が減少しジョン・ダーシーは収入が急落し城を手放したのだという。
表から見た姿は良い形で城らしい素敵な城だ(写真下左・中)。現存するのは2代目のオーナーのエア家(Eyre family)によって1850年以降に改築されたものだという。 しかし、裏手に回るとかなり荒れた状態だ(写真下右)。管理の悪さに首を捻る。

Sky Road(Clifden Castle) Sky Road(Clifden Castle) Sky Road(Clifden Castle)

帰路ものんびり、ゆったりアイルランドの風景の中に浸りながら歩く。心安らぐ時間だ。
そんな中、面白いものを発見。家畜が道路に出ないよう生木を割った杭に有刺鉄線を張ってあるのだが、その杭が風化して残った堅い芯の形を恐竜に見立てたのだろう(写真下右)。 目はコイン、歯は小石が使われている。のんびり歩くからこんなことも思いつくのだろうし、見つけられるのだ。
大きな自生のフクシアの茂みなどもあり、妻を羨ましがらせる(写真は妻の肖像権主張により一部のみ)。

Sky Road(Clifden Castle) Sky Road(Clifden Castle) Sky Road(Clifden Castle)

スカイ・ロード(ビューポイント)  Sky Road(View Point)

スカイ・ロードに戻って西に向かう。途中からロワー・スカイ・ロードとアッパー・スカイ・ロードに分かれるがアッパーがお薦めとの情報だ。 3kmも行くとワイルド・アトランティック・ビュー・ポイント(Wild Atlantic View Point)と名付けられたビュー・ポイントに至る。
大西洋とそれに浮かぶ小さな島々が雄大に広がっている(写真下)。吹く風も爽やかで気持ちが良い。ウォーキングや自転車で訪れる人たちも大勢見える。
スカイ・ロードは1周僅か十数km、常に海が見られる。ドライブ中は特に自転車には注意しなければいけない。

Sky Road(Clifden Castle) Sky Road(Clifden Castle) Sky Road(Clifden Castle)

カイルモア修道院  Kylemore Abbey

カイルモア修道院も3回目の訪問だ。とても楽しみにしてきたアトラクションだ。 ところが、今回は修復中で一部に足場が掛けられている。美しい姿が台無しだ(写真下左)。そして、風が少しあるのでポラキャップル湖(Lough Pollacapull)に映る姿も見られない(写真下中)。 足場の部分が隠れるアングルで撮った写真が良い感じと自負する(写真下右)。
パーキングは前回訪問時より拡大整備され凄い賑わい様だ。とりわけ、コーチの数が凄い。団体客が多いということだろう。 ここのレセプションの混み様は分かっているのでチケットはネット予約してきた。列に並ぶことなく、スムーズに入場できた。

Kylemore Abbey Kylemore Abbey Kylemore Abbey

このロマンティックな建物のバックグランドにはとてもロマンティックなエピソードが潜んでいるのだ。ご紹介しよう。
イギリスのマンチェスターの富豪・ミッチェル・ヘンリー(Mitchell Henry)と新妻マーガレット(Margaret)は1849年に新婚旅行でこの地を訪れたのだ。 そして、新妻マーガレットはここにあった狩猟小屋をいたく気に入ったのだ。そこでミッチェルはこの地を買い入れ、1867年から4年の歳月を掛けて城とガーデンを建てたのだ。 そして、ヘンリー夫妻は9人の子供と共にここで幸せに暮らしていたが、城に住んでわずか3年後の1874年のエジプト旅行の際、マーガレットは赤痢に罹り死亡してしまったのだ。 ミッチェルはマーガレットを埋葬するためにイギリスの大聖堂を模したミニチュア大聖堂を建設した。それがネオ・ゴシック教会(Neo-Gothic Church)だ。外観も美しく気品がある(写真下中)。 内部は正面祭壇のウインドウのキリスト像から神聖で厳かな空気が感じられる(写真下左)。ミッチェルが愛する妻のため アイルランド全土から集めたという 3色の大理石のコラム(支柱)が素晴らしい。緑の大理石は当地コネマラ産、赤の大理石はコーク産、黒の大理石はキラーニー産だという。 南翼廊(South Transept)のステンドグラスも美しい(写真下右)。5人の女性はそれぞれ不屈(Fortitude)、信仰(Faith)、慈善(Charity)、希望(Hope)、貞節(Chastity)を表すのだという。
しかし、ミッチェルはその後、ここで娘の一人を亡くした為この地を離れ、1909年にはマンチェスターの公爵に売却してしまったのだ。 さらに、1920年には 第一次世界大戦でベルギーから逃れてきたベネディクト派の女子修道士の手に渡り、修道院と女子寄宿学校となったのだ。

Kylemore Abbey Kylemore Abbey Kylemore Abbey

ポラキャップル湖と周囲の山々が静謐と厳粛な雰囲気を醸し出す(写真下左)。
ここのもう一つの呼び物は6エーカー(25000u)のウォールド・ガーデン(The Victorian Walled Garden)だ。 オリジナルはミッチェル・ヘンリーが造ったものだが、その後荒廃したままになっていた。1996年から改修が始まり2000年に再開されたものだ。 西に1kmほど離れているのでシャトルバスが運行している。バス停の脇に白い大理石のキリスト像が立っていた(写真下中)。2013年には無かったものだ。 カイルモア修道院の裏山にもキリスト像が立っているのだが、それと何か関係があるのだろうか?
ガゼボでバスを待っているとコマドリが現れた。直ぐそばまで寄ってきて、餌を求めるような仕草を示し、人を怖がる様子はない(写真下右)。

Kylemore Abbey Kylemore Abbey Kylemore Abbey

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シャトルバスを降りるとティーハウスがあり、その前の芝生の羊のベンチも健在だ(写真上左)。ロープを交換したらしく真新しい。
お茶はパスして早速ウォールド・ガーデンに入る。入ったところがフォーマル・フラワー・ガーデン(Formal Flower Garden)だ。 写真上中が南側のトップから、上右が北側のトップから見た全体像だ。南北のスロープが中央の通路に向かってV字を描くように下っている(写真下左)。
写真下中と右が南側のスロープだ。今回気がついたのだが、2006年に訪れた時に見られた白い花を付けた大きなトロピカルな木が 無くなっている。ガーデンは生き物、常に変化していくものなのだ。

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反対側の北側のスロープが下3枚の写真だ。本当に良くコントロールされた清々しいガーデンだ。ガーデナーに拍手を送りたくなる気分だ。

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北のスロープのトップには復元された温室(Glasshouse)がある(写真上右)。ピンクのゼラニウムが巨大に生育している(写真下左)。 温室にありがちな乱雑さは微塵もない。爽やかに手入れされいる。

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その隣に小さな正方形のフォーマル・ガーデンがある。モンキー・パズルの木を中心にサークル(写真下中)があり、4つに区分されている。 芝を切った花床の植栽も厚い(写真下左)。その中に八角形の鋼鉄製アーチが立っている(写真上中)。支柱の上8ヶ所とアーチの真ん中8ヶ所、 計16個のフラワー・バスケットが設置されている。ちょっとやり過ぎの感がしないでもない。
少し奥まったところにヘッド・ガーデナーズ・ハウス(Head Gardener's House)がある(写真上右)。白とグリーンに塗り分けられた可愛いい家だが、 煙突の数から部屋数の多さが分かる。こちらではガーデナーの評価が非常に高いのだ。

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フォーマル・ガーデンとヘッド・ガーデナーズ・ハウスの間に廃墟がある。オリジナルのガーデンの温室の遺構だ。 説明板によると"Banana Glass House"、"Tomato Glass House"、"Nectarine Glass House"、"Melon Glass House"、"Conservatory"と大小5つの温室があったようだ(写真下左・中)。 レンガの基礎と鉄パイプが見られる。鉄パイプは蒸気を通して暖めたものだろう。

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ヴィクトリアン・ウォールド・ガーデンの西側半分以上がキッチン・ガーデンになっている。ウォールド・ガーデンは元々屋敷の住人に野菜や果物を提供するために造られたもので ヴィクトリア朝に盛んに発展したものだ。レンガや石の壁で囲うことにより植物を風や動物の食害から保護し、昼にレンガや石に蓄えた熱で温室効果もあったのだ。
そして、この時期に果物を育てるための温室も盛んに発展したのだ。それが、ヴィクトリアン・グラス・ハウスだ。
キッチン・ガーデンは農場ではなく飽くまでもガーデンなのだ。植栽は収穫量優先ではなく、見た目も美しくレイアウトされてている(写真上)。 ここではいわゆるキッチン・ガーデンだけで無く、ハーブ・ガーデン(herb Garden)、切り花床(Cut Flowers Bed)、木の実園(Nuttery)などがパンフレットに記載されている。
そして、中央の通路にはダブル・ボーダー・ガーデンを配置している(写真下左・中)し、キッチン・ガーデンのそこかしこに草花が植えられている(写真下右)。

Kylemore Abbey Kylemore Abbey Kylemore Abbey

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印象的だった草花を並べる。アストランチア(写真上左)、瑠璃玉あざみ(エキノプシス 写真上中)、 イギリスで絶滅危惧種としてナショナル・コレクションとして保護されている"Mylnefield Lilies"(写真上右)だ。伸び伸びと健やかに生育している。
キッチンガーデンの西側のゲートを出た一帯はTree Sponsorship Area"とパンフにある。“森林保護地区”とでもいうのだろうか?  "Kylemore"はアイルランド語の"Coil Mor"に由来する。その意味は"Big Wood"だ。そして、1万年前のアイルランドを支配していた樹木は"Oak"だという。 カイルモア修道院の"Benedictine Community"は1995年にこのエリアに1万本の"Oak"と"Ash"を植林をしたとの説明板がある。 辞書によれば、“樫”と“トネリコ”となるが、植物の分類は難しく一筋縄ではない。整然と植林された木は、まだまだ"Big Wood"にはほど遠い感じだ。
説明板の隣にあったオーナメントは5つの部品で大きな円を描いたものだが、その表現したいところが理解できない(写真下左)。
ストリーム(Stream)と呼ばれる細い水路がフォーマル・フラワー・ガーデンとキッチン・ガーデンの境を流れている(写真下中)。その岸には水辺植物が鮮やかだ。 この下流にはシダ園(Fernery)があり、この水がシダを潤しているのだ。
パーキングに着くと突然足裏に異変を感じる。見れば靴底が剥がれている。振り向くとそこに靴底が鎮座している(写真下右)。このところの雨で痛んだのだろう。 初めての“神風かっとび急ぎ旅”に備え購入したトレッキングシューズだから17年履いたことになる。年1回の旅行専用とは云え、良く持ったものだ。 この辺りで供養かとも思ったが、上の皮の部分は全く痛んでいない。念のため持ち帰って靴屋に相談したところ、見事に再生して帰ってきた。もう10年は持ちそうな気がする。

Kylemore Abbey Kylemore Abbey Kylemore Abbey

ザ・シーフード・バー  The Seafood Bar at Kirwan's

靴底は抜けても運転に支障はない。1時間20分のロングドライブで19時にB&Bに帰る。靴を履き替え、徒歩で街に向かう。
昨日予約したザ・シーフード・バーの立て黒板には“本日のお薦め鮮魚”が恭しく書かれている(写真下左)。 いそいそしてくる。店の外のテーブルもきっちりセットされている(写真下中)。

The Seafood Bar The Seafood Bar The Seafood Bar

2階の席に通される。既に大入りだ。メニューは、野菜不足を感じたのでサイド・メニューから
・ "MIXED LEAF SALAD" Honey Mustard Dressing(写真上右) を選ぶ スターターとして黒板にあった
・ "GALWAY BAY ROCK OYSTERS" 1/2 Dozen(写真下左) は欠かせない もう1品
・ "PAN SEARED KING SCALLOPS" Tomato Fondue, Crispy Cauliflower(写真下中) を選ぶ メインは
・ "OVEN BAKED FILLET OF SALMON" Garlic & Chilli Fried Greens, Pineapple Salsa(写真下右) 1点でお腹は膨れるだろう。(パンも供される)
いずれも新鮮で身がぷりぷりしている。今日も大満足だ。昨夜のマクドーノフスは野性味を感じたが、こちらは上品さがある。甲乙付けがたい。

The Seafood Bar The Seafood Bar The Seafood Bar

ゴールウェイ街歩き  Galway Town Walk

腹ごなしがてらキー・ストリートからハイ・ストリートへと散策する。昨夜も入った"Woollen Market"で再び買い物をする。
店の前の街頭でミュージシャンが演奏をしている。ただ演奏しているだけではなく、アコーディオンの女の子とバンジョーの男性は 歩道と車道を分けるガードポールの上に立って演奏しているのだ(写真下)。昨日と違い天気も良いので通行客も足を停め見入っている。

Galway Galway Galway

ザ・キングス・ヘッド  The Kings Head

食事もショッピングも満喫したが、今年のゴールウェイで物足りないことはアイリッシュ・ミュージックだ。今夜は有名な ザ・キングス・ヘッドに入ってみる。 この建物は800年の歴史があり、店の名前は1649年のチャールズ・キング1世の処刑に由来するという。客の入りはそこそこだ。 演奏席から少し離れたカウンターに陣取る。私はアイリッシュ・ウィスキー、妻はアイリッシュ・コーヒーをオーダーする(写真下左)。
さて、肝心の音楽だが、2013年に受けた衝撃が強すぎて満足できない。奏者が変わるというので粘ってみたが、代わり映えしない。 しかし、地元の人と思われるお客さんは静かに拍手を送っている。後で確認して思ったことだが、2013年の滞在はたまたま金・土・日の週末だったのだ。 しかも、8月のハイシーズンだった。あの大騒ぎは団体旅行者が巻き起こしたことで、平日の地元客は静かに音楽を楽しんでいると理解する。
カウンターの隣の地元客の方から写真を撮ってくれたりの交流もあり、アイルランド人の人懐こさと温かさは再確認。
10時30分を回ろうとしている。照明はあるといえども、空はまだ明るさが残っている(写真下右)。

The Seafood Bar The Seafood Bar The Seafood Bar

写真満載の旅行記をご覧ください

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