第8日 6月29日(木)水色枠の写真はクリックすると拡大写真になります。
今日の行程 Belfast B&B --- Irish Linen Centre --- Hillsborough Castle --- Belfast Castle --- St. Anne's Cathedral ---
Bigfish --- City Hall --- Grand Opera House --- Titanic Belfast --- Belfast B&B
今日の走行距離 72 km
今日の万歩計 15,900 歩
今日の出発時気温 13.0 ℃
ベルファスト B&B Belfast B&B
ベルファストB&Bの静かな第一夜が開けた。雨は落ちていないが雲は厚い。
ここのフレッシュ・フルーツはイチゴのみだ。ちょっと寂しいと思ったが、いただいて満足。酸味と甘味のバランスが良く、味が濃い。自家産だという(写真下左)。
ヨーグルトもすこぶる美味い。フル・アイリッシュは小振りな皿にてんこ盛りで出てくる(どういう訳か写真がない)。
妻は食欲がないとスクランブルエッグのみとした(写真下中)。
アイリッシュ・リネンも敷かれ清々しい雰囲気だ。ジャム類も4種類供されている(写真下右)。手作りのものが多いという。
バターとともにジンジャー・ブレッドに付けて食べるととても美味しい。アクリル製のジャムポットが色鮮やかだ。
モーナとアンドリューがつきっきりでサービスしてくれる。
アイリッシュ・リネン・センター Irish Linen Centre
アイルランドのお土産と言えば、アイリッシュ・リネンは欠かせない。専門店をリサーチしたところリズバーン(Lisburn)という街に アイリッシュ・リネン・センターを見つけた。 ベルファストから外れるが、お目当てのガーデンの近くなので寄り道する。
嘗てはアイルランド産の亜麻100%の繊維を用い、全ての行程をアイルランドで行なったものを“アイリッシュ・リネン”と称していたが、 今は100%の亜麻繊維をアイルランドで紡績した糸を使用したものであればアイリッシュ・リネンと呼ばれるのだという。 亜麻の栽培は北フランス、ベルギー、オランダが向いているのだという。ヒルズボロ城 Hillsborough Castle
リズバーンからA1を7kmほど南下するとヒルズボロの街に着く。お洒落で高貴な雰囲気が漂う。ヒルズボロ城の城下街故だろう。
メイン・ストリートのスクエアーに駐車スペースを見つけると目の前に"Hillsborough Visitor Information Centre"が現れる。生憎、雨が降り出した。
ヒルズボロ城は1770年代に初代ダウンシャー侯爵(1st Marquess of Downshire)ウィルズ・ヒル(Wills Hill)によって建てられたジョージアン・カントリーハウスだ。
現在は女王やロイヤルファミリーがアイルランド訪問時に滞在する場所として
ヒストリック・ロイヤル・パレスが管理している。
他にヒストリック・ロイヤル・パレスが管理している場所はロンドン塔、ケンジントン宮殿、キュー宮殿、バンケッティング・ハウス、ハンプトン・コート宮殿がある。
いずれも英王室ゆかりの場所だ。
そのため入り口ではセキュリティーチェックが厳しい。私の愛用のリュックサックには常時果物ナイフが入っている。空港でのチェックは受託手荷物としているので問題ないのだが、
ここで引っ掛かった。封筒に入れて帰りまで預かりとなる。
インフォーメーション・センターの裏口から出て、城の正面玄関の車寄せのサークルに厳めしい胸像が立っている(写真上右)。
吟唱詩人・オシアン(Ossian)の像だ。(この動画の冒頭のシーンにこの像が映っている)
城の北を回り込んで西面に回るとグランビル・ガーデン(Granville Garden)が広がる(写真上左)。1940年代から50年代にかけて時のグランビル伯爵夫人が
植栽をリデザインしたガーデンだ。ヨーロッパ最大のシャクナゲの木があるというが、雨で足下が悪く探すのは断念する。一角にフォーマル・ガーデンがある。
グランビル・ガーデンの一角、城の西面にシンプルなローン・ガーデンが広がる(写真上中)。
その更に西側に百花繚乱のフラワー・フォーマル・ガーデンが展開する(写真上下)。中央は芝生を円形や方形に切った花床にカラフルなバラが植栽されている(写真上左・中)。 その周りを宿根草のボーダー・ガーデンが取り囲んでいる(写真上右、下左・中)。大外周りはフェンスをクライミング・ローズが伝い、足下はアルケミラ・モリスが茂っている(写真下右)。
城のテラスの石板の所々にエリゲロンが植えられている。これが何とも楚々としていて感じが良い(写真上左)。
陽だまりで真似するとジャングルのように茂ってしまうから始末が悪い。研究の余地ありだ。
建物の壁を伝うつる性植物も非常に行儀が良い(写真上中・右)。管理の良さもあるだろうが、気候の違いはどうにもならないのか? ここも研究だ。
城の南面に回るとテラスから2段の階段を下り、ジュビリー・ガーデン(Jubilee Garden)が展開する(写真下左)。
2012年のエリザベス女王のダイアモンド・ジュビリーを記念して元のサンダイアル・ガーデン(Sundial Garden)をリデザインしたものだ。
噴水は静かに水を揺らし、周囲の白を基調とした植え込みと相俟って爽やかさを感じさせる(写真下中)。階段の縁を飾るコンテナも控えめな色遣いだ(写真下右)。
この城の周りの2つのフォーマル・ガーデンでは毎年恒例のガーデンパーティーが開かれるという。オシアンの像の項の動画は2017年9月のガーデンパーティーに到着した
ハリー王子の様子だ(この記事を記している11月下旬、ハリー王子婚約のニュースが流れてきた。タイムリーなニュースだ)。
2016年5月にはウィリアム王子・ケイト夫妻を迎えている。過去にはエリザベス女王やチャールズ皇太子も訪れているという。
噴水の両脇は柘植のヘッジで囲まれたホワイト・ガーデンだ。透明感のある白色の宿根草が見事に咲き誇っている(写真下3枚)。
城の南面のテラスに続き西へ真っ直ぐ伸びるユー・ツリー・ウォーク(Yew Tree Walk)という美しく壮大な散策路がある(写真下左)。 両側に18世紀に植栽されたと思われるイチイの木が整然と並んでいる。散策路の終点には池があり、お洒落な欄干がある。池の向こうにドーム型のテンプルが優美な姿を見せる(写真下中・右)。 1880年に建てられたもので、伯爵夫人の名(Lady Alice Maria Hill)を取って"Lady Alice Temple"と呼ばれる。
再びグランビル・ガーデンを通って元に戻る。このガーデンは100エーカー(東京ドーム9つ分)という広さを誇る。
その広さにもかかわらず、手入れの良さには舌を巻く。芝生も見事に刈り揃っている(写真下中)。芝の中の花床の植栽も目が覚めるようだ。
色の異なるアスチルベでデザインした植え込みも美しい(写真下左)。自然な雰囲気を感じるのは曲線が生かされているからだ。
森の中を覗いても草一つ、ゴミ一つ見られない。ヒストリック・ロイヤル・パレスよエクセレント。
正面玄関へのアイアン・ゲートのデザインも重厚にして華麗だ(写真下右)。1936年にリッチヒル城(Richhill Castle)から移築されたもので、
通常は女王しか通れないのだそうだ。
ベルファスト・ボタニック・ガーデン Belfast Botanic Gardens
ベルファスト市内に戻りベルファスト・ボタニック・ガーデンに向かう。ナビ子ちゃんは指示通りに案内してくれたのに、そこにあるはずのパーキングがない。
では事前リサーチの別のパーキングを指示し、そこに至ってもパーキングはない。もう一つの場所も同じだ。
かといって、路駐可のスペースも全く空きは見当たらない。それもそのはず、ボタニック・ガーデンはシティーセンターに近い住宅街にあるのだ。
(夕方B&Bのモーナに訊くと「ボタニック・ガーデンにはパーキングはないのよ」とのことだ。リサーチは何だったのか?)
この時間雨は上がっている。ボタニック・ガーデンの周りを何周もする間に隣にあるクイーンズ・ユニバーシティー・ベルファスト(Queen's University Belfast)の
卒業式の学生や保護者の群れに遭遇する。イギリスでは新学期が9月だから、これからが卒業式のシーズンとなるのだ。卒業生の姿は何だか夢がありこちらの気持ちも明るくなる。
結局、ボタニック・ガーデンはパスすることになった。
ベルファスト城 Belfast Castle
次はベルファスト城に遣って来た。
ベルファスト市街の北の外れにある丘・クリブヒル(Cave Hill)の中腹に建つ城だ。ここには12世紀からノルマン人の城があったようだ。
現在の城は1870年に第3代ドニゴールの侯爵(Marquis of Donegal)が建てたものだ。
時刻は13時。妻は朝が軽すぎたのだろう、「お腹が空いた」と言う。ティールームを探してケーキとお茶をいただく(写真下左・中)。
ここでは結婚式も多く行なわれるようで広いバンケット・ホールもあるようだ。城の入り口から階段を下りたから地階かと思ったが、
ここがグランド・フロアーで出口はガーデンに繋がっていた。
(ガーデンの配置をGoogleの航空写真)でご覧いただこう。
ガーデンに出てびっくり。期待を遙かに上回る素晴らしいフォーマル・ガーデンだ。雨上がりの爽やかな優しい風がそよぐ中に、色鮮やかな草木が輝いている。 典麗、典雅にして重厚な壁際のガーデンに声も出ない(写真下右)。このガーデンを別の角度から見たのが下・右の写真だ。 ガーデンの厚みが良く分かっていただけるだろう。壁の上にパーキングがあり、城への玄関口がある。
城の南側のガーデンは円形の噴水プールを中心に左右対称にデザインされている。プールの周りは芝、その外側を柘植でヘッジされた植え込みが囲む。
銅葉の灌木、ライム色のコニファー、宿根草の花色、葉色、葉形を様々に組み合わせてある(写真上左・中、下左・中)。見事な植栽だ。色遣いもシックだ。
城の東面に2階(ファースト・フロア)から1階(グランドフロアー)のテラスに下りる瀟洒な階段がある(写真下右)。何とも優美で手の込んだ装飾がなされている。
パーキングには車が結構駐まっているのにガーデンには人の姿がない。この空間を独り占めとは贅沢なことだ。
ガーデンを歩き回って、ふと気づいたことがある。このガーデンには猫のモニュメントが多いと。写真下・左の右上に猫の像と白いプレートが映っている。
下・中の写真の中央、プールの縁の黒いものも猫の像だ。下・右の花壇の中のトピアリーはネコではないか。
改めて猫を求めて一巡りして見ると、あるはあるは次々に見つかるのだ。像やモニュメントを見つけることはガーデンの楽しみの一つだが、
このようにテーマのある展示に出合うとより楽しさが増す。
帰国後調べたら、ベルファスト城に残る伝説によると“猫(なかんずく白い猫)が城に住んでいる限り、城の居住者や訪問者に幸運が訪れる”のだという。
この伝説を元に現在9匹の猫がこのガーデンに住んでいるという。
まず最初に優美な階段の前の“花壇に眠る猫”を発見(写真上左)。土にまみれて可哀想だ。
次いで城の壁際の植え込みの中に“座る白い猫”も発見する(写真上中)。ここでは白猫は縁起が良いのだ。
花壇の中の“トピアリーの猫”には意表を突かれた(写真上右)。見落とすところだった。よく見るとヒゲまで付けてあるのだ(写真下右)。
芸の細かいことだ。ちょっとメタボになりかけている。そろそろ刈り込み時期だろう。
噴水のプールの縁でも“黒いブロンズ猫”が眠っている(写真下左)。ビジターが頭を撫でるのだろう。頭が光っている。
写真下・中のモニュメントは猫と思えばそう見えなくのないが、ネットの情報では9匹にカウントしていない。
意表を突くと言えば、この“モザイクの猫”も見逃すところだった。足下に3mを超す“横たわる猫”がいたのだ(写真下左)。猫というより虎のような風格がある。
対照の位置にもう一つの“座る猫”を発見する(写真下中)。こちらは太っちょ猫だ。一部が剥がれかけているが、早く修理したほうが良いのに。
ガーデンの端っこの壁際に白いプレートに“シンプルな線で彫られた猫”がいた(写真下右)。子供が描いた絵のようだ。
その前にも猫の像があるが、ネットでは9匹に入らないという。単に猫のお墓のようだ。凛として遠くを見つめている。
となると、私達が見つけた猫は7匹だ。残りの2匹をネットで調べると、一つはベンチの座席のアイアン・アートだ。
“巻き糸の玉で遊ぶ猫”と名付けよう。見事な変化球だ。これには気がつかずとも仕方あるまい。
もう一つはこのプレートというのだ。これも見つけるのは困難だ。
このプレートには"Before a Cat will condescend To treat you as a trusted friend, Some little token of esteem Is needed, like a dish of cream, T.S. Eliot"
と刻まれている。"T.S. Eliot"はイギリスのノーベル賞作家・トマス・スターンズ・エリオットのことだ。この詩は児童向けの詩
“キャッツ - ポッサムおじさんの猫とつき合う法(Old Possum's Book of Practical Cats)”という作品の1章だという。この作品はお馴染みのミュージカル“キャッツ”の原作となったのだという。
何とも深いお話が潜んでいたのだ。7つも見つけたから、幸運が遣ってくることだろう。次回は見逃した2つも探してみよう。
ガーデンからは眼下にベルファストの港湾地帯見下ろせる。大きな客船も入港しているようだ。
聖アンズ大聖堂 St. Anne's Cathedral
この後はベルファスト市内の観光だ。先ずは聖アンナ大聖堂から始めよう。 聖アンナ大聖堂はベルファスト大聖堂とも呼ばれ、1776年から続く聖アンズ教会(St Anne's Church)の敷地に1889年に礎石(foundation stone)が定められて以来、 2007年に“希望の尖塔(Spire of Hope)”が築かれるまで、何と100年以上を費やして段階的に建設されたのだ。 写真下左が大聖堂の西正面入り口を撮ったものだ。4つの塔の右2つの間に灰色の筋が微かに見られる。これが“希望の尖塔”だ。 ダブリンのオコンネル・ストリートにあった"Spire of Dublin"を思い起こさせる。ダブリンの塔は121.2mだったが、こちらは地上80mの高さだ。 競技設計(コンペティション Competition)により15の案の中から選ばれたものだという。そのデザインは両端が尖った長さ50m、最も太い部分で直径1m余りの細い尖塔なのだ。 そして、大聖堂のクロッシング(Crossing)部分の天井に外部に40m、内部に10mの位置で取り付けられている。 大聖堂内部から見た尖塔が下左から2枚目の写真だ。天井の角から対角線に伸びた4本の支柱で支えられているのだ。まるで宙に浮いているかのようだ。 制作費100万ポンド、制作されたのは何故かチューリッヒ(Zurich)だ。
大聖堂の外観は正直余り壮麗でもなく、西正面玄関のテラスなども掃除が行き届いていない。むしろ薄汚くもあり、入場をためらったが、入ってその美しさに感動した。
正面のイースト・エンドの祭壇(Altar)が神々しく光っている(写真上右から2枚目)。正面のステンドグラスは3枚組になっいる(写真下中、上右)。
聖書「ルカ伝」の“良きサマリア人(びと)”が描かれている。日ごろユダヤ人に軽蔑されていたサマリア人が,、盗賊にあって苦しんでいたユダヤ人の旅人を助けている図だ。
聖アンズ教会の時代からのものだという。その上部にも3枚のステンドグラスがあるが、こちらはデザインが新しいようだ。
新しいと言えば写真上右、下右のステンドグラスも斬新なデザインだ。光を通しやすいグラスなのだろう、一際明るい。
写真下中のステンドグラスは北翼廊の"Regimental Chapel"ものだ。1980年代初期に制作されたもので、
第一次世界大戦と第二次世界大戦で戦死したアイルランド連隊の兵士に捧げられたものだという。
西正面の出入り口の上部に3枚組のステンドグラスがある(写真上左)。これに関する情報は見つからないが、左のステンドグラスの下部に"David"、右の下部に"Solomon"の字が読める。
旧約聖書「列王記」に登場するダビデ、ソロモン親子と思われる。真ん中の文字は判読できないが、
“イエス・キリストは「ダビデの子」”と言われるようだからイエス・キリストを表しているのかもしれない。
この3枚組のステンドグラスの下、西正門ドアーのティンパナム(ドアーの上の半円部分 Tympanum)は金色の背景に5人の天使が描かれている(写真下左)。
煌びやかだ。1人はオルガン、もう1人はトランペット、もう1人はバイオリン、そして2人はひざまずいている。
大聖堂の通路の床はアイルランド産の大理石が張られている。白色と黒色の石で美しくデザインされている(写真下中)。座席部分の床はカナダのメイプル材が使用されているのだ。
入り口を入って右の南側廊に1928年に造られた洗礼堂(Baptistery)がある。中央に洗礼盤があり壁には3枚組のステンドグラスが嵌まっている(写真下右)。
天井のモザイクが素晴らしい。タイトルは創造(The Creation)だ。
デザインはゴッド・フィンガー(God's Finger)から注ぐ陽光で陸では草木が花を咲かせ、海にはたくさんの魚が泳ぐ。15万個のモザイクを使っているという。
イギリスの旅を始めて間もない2003年の旅でB&B"Marston House"のホストにウエルカム・ウォークのサービスを受けた(後にも先にもこの1回限りだ)。
この時、雲間から夕暮れの陽が放射状に輝く陽光を“ゴッド・フィンガー”と呼ぶと教わったことを思い出す。
このモザイクでは正にゴッド・フィンガーが登場するのだ。
洗礼堂の向かい側、北側廊に聖霊礼拝堂(Chapel of the Holy Spirit)がある。チャペルの壁にはステンドグラスが嵌まり、入り口のティンパナムはモザイクだ(写真下右)。
“聖パトリックのアイルランドへの伝道の旅”を表しているのだ。上部の3人の中央が司教のコートを着てシャムロックを
右手に持った聖パトリックだ。左の女性は目隠しをされ、手錠をかけられている。異教徒のアイルランドを表しているのだ。背景も暗く木も花も枯れている。
右に立つ女性はクリスチャン・アイルランドを表す。福音の光で照らされ、美しい花に囲まれている。下の船は船首に立つ聖パトリックがアイルランドに向かっている様子を表している。
後ろの山はベルファストの南にあるモーン山脈(Mourne Mountains)でアイルランドに向かっていることを表しているのだ。洗礼堂の天井と同じ作者で同じく15万個のモザイクを使用している。
南翼廊の入り口の上にパイプオルガンがある(写真下左)。1907年に造られ、1975年に修復されたものだ。4つの鍵盤を持ち北アイルランドで2番目に大きなオルガンだ。
側廊を歩くと頭上にずらりと旗がぶら下がっている(写真下左から2枚目)。連隊旗(Regimental Colours)だ。
比較的新しい彫刻が壁に掛かっていた。素晴らしい作品だ。“小さな子供たちを祝福するキリスト(Christ blessing little children)”と刻まれている。
素晴らしいものを見せてもらった。ベルファストの街歩きは幸先が良い。次に向かおう。
ベルファスト タウン・ウォーク Belfast Town Walk (Bigfish, Beacon of Hope, City Hall)
次に目指したのは“ビッグフィッシュ(Bigfish)”というモニュメントだ。ところが道を間違えてタウンセンターに出てしまったようだ。
アーサー・スクエア(Arthur Square)で見つけた彫刻は“ベルファストの精神(Spirit of Belfast)”と名付けられている(写真下左)。
2009年に設置されたもので花崗岩の台座に4つの円形のステンレススチールが組み合わされたものだ。高さ7mと堂々たるものだが、
ニックネームは“オニオンリング(Onion Rings)”だという。ベルファストっ子のウィットを感じる。
通行人にビッグフィッシュを尋ねると通り過ぎてしまったようだ。が、諦めきれない。引き返す。そして、探し当てたビッグフィッシュ(写真下中)。大きい。
10mのサーモンだ。1999年にラガン川(River Lagan)の再生とその歴史的重要性を記念するために創られたものだ。
表面はベルファストの歴史に関する記事や画像をプリントしたセラミックで覆われている。
別名“知識のサーモン(Salmon of Knowledge)”と呼ばれ、ベルファストに関する情報(Information)、画像(Images)、詩(Poetry)を保管したタイムカプセルが内部に納められているのだという。
ロマンだ。このアングルの写真が素晴らしい。思わず借用した。
ビッグフィッシュの直ぐ近くに真っ赤な“ビッグ・ブイ(Big Buoy)”も見られる(写真下左)。
目の前のラガン川に架かる優雅な曲線美を見せる橋は歩行者専用だ(写真下中)。下に堰があるので"Lagan Weir"と呼ばれる。
橋のたもとのビルの装飾もユニークだ(写真上右)。"The Boat"と呼ばれるビルだ。ボートの船首を思わせるデザインで外壁には額縁風に突出したバルコニーがある。
デザインコンペで賞を獲得したビルだという。
ラガン川に架かるA2の橋は一方通行になっていて東行き(Queen Elizabeth II Bridge)と西行き(Queen's Bridge)に分かれている。
クィーンズ・ブリッジが元の橋だったのだろう古くて歴史を感じさせるデザインだ(写真下左)。その西詰の"Thanksgiving Square"にも興味を惹かれるモニュメントが立っている(写真上右)。
2007年に立てられたものでステンレス鋼と鋳造ブロンズ製で高さ19.5mと大きなものだ。持っているのは“感謝の輪(ring of thanksgiving)”を表し、
足下の球は“地球”を表しているという。正式なタイトルは“希望の指標(Beacon of Hope)”だが、例によりニックネームがある。
1つは“フラを持つルーラ(Lula with the Hula)”ルーラは神話に由来するアイルランドの女性の名前だ。韻を踏んでいるのがウィットだ。
もう1つは“ボールの上の美女(Belle on the Ball)”だ。これも韻を踏んでいる。
クイーンズ・スクエア(Queen's Square)に見えるのは“アルバート記念時計塔(Albert Memorial Clock)” だ(写真下右)。
ビクトリア女王の夫であるアルバート王子を記念して1869年に建てられたものだ。高さ34mでベルファストの最も有名なランドマークの1つだ。
再びタウンセンターに戻ってきた。アン・ストリート(Ann Street)からビクトリア・スクエア・ショッピングモールへの入り口の装飾もユニークだ(写真上中)。
4人の男が店に入ろうとする姿を表してている。犬を連れている男がいるのが、いかにもイギリスだ。
雨が降り続いているので雨宿りがてらウインドー・ショッピングをする。妻は"Guess"という店のショーウインドーのジャケットが気になったらしい。
入店して試着してみる。気に入ったようだが、隣にレザーのジャケットも並んでいる。“50%OFF”となっている。サイズも珍しく6号がある。
こちらも試着したらぴったりだ。こちらに決める(写真右)。“革ジャン”に憧れていたらしい妻は良い買い物にご満悦だ。
続いてベルファスト市庁舎(Belfast City Hall)を訪ねる。正面中央に緑青色のドーム型屋根が印象的だ。4隅にも緑青のドーム屋根をいただいたタワーがある(写真下左・中)。
荘厳な建物だ。1906年に完成したものだ。
ホールを囲む広場には幾つもの像が立っている。その一つがビクトリア女王だ(写真下右)。
シティーホールの正門のゲートがなかなかに厳めしいが、周囲に飾られた花がそれを和らげてくれる(写真下左)。
ゲート上部の金色の部分は市の紋章をデザインしているのだ。
鐘(Bell)、船(Ship)、タツノオトシゴ(Seahorse)、鎖に繋がれた狼(Chained Wolf)などがデザインされている。
市庁舎の直ぐ近くにオペラ・ハウス(Grand Opera House)がある(写真下中)。1895年に建てられたものだ。
街歩きはここまでとしてパーキングに戻る。昨夕に預けてあった洗濯物をクリーニング店(GLOBE Dry Cleaners & Launderers)に受け取りに行く。
16時から20時の間に取りに行く約束なのだ。実は今朝、リネン・センターに着いた頃にB&Bのモーナから電話があり「あなた方洗濯物はどうしているの。
ご希望なら私がするわよ」との気遣いだ。「夕べランドレッテに出したばかりなので、明後日にお願いしたい」との会話があったのだ。
これでこの旅では1度も自分で洗濯することなく、毎日清潔な着替えが出来ることになった。ありがたいことだ。
その後ウォーター・フロント地区をドライブし車窓観光する。オデッセイ(The Odyssey Pavillion) 、タイタニック・ベルファスト(Titanic Belfast 写真下右)など
最新のビルが並んでいる。タイタニックと同じ造船所でタイタニックの前に造られ、
タイタニックの連絡船の役割を果たした黄色の煙突のSSノーマディック号(SS Nomadic)も見られた。
有名な観光地だが、さほどの興味はないのだ。
シェド・ベルファスト・ビストロ Shed Belfast Bistro
リサーチしていたタウンセンターのレストランの幾つかに電話をしてみるも満席で断られてしまう。週末でもないのに計算違いだ。
そこで、昨日のディナーに行く途中で外からの見かけが良い雰囲気に感じた店に行ってみることにした。
シェド・ベルファスト・ビストロだ。
席があるか尋ねると、丁度1組が帰るところで運良く席を確保できた。カウンターのように高いテーブルで椅子は止まり木だ。目線が高くて気持ちがよい。
壁は鏡張りだ。壁を利用して自撮りに挑む(写真下左)。とてもビジーな店で活気がある。ウエーターもウエイトレスもきびきびしていて気持ちが良い。
見込んだ通りで満足だ。オーダーはメインを2品
・ "Whole Plaice" Prawn, caper, herb butter, parmesan fries, herb salad と
・ "Pan seared Salmon" Coconut mussel prawn bisque, baby comber potatoes, tenderstem broccoli とする。
"Whole Plaice"はヒラメ1匹がこんがりバター焼きされて供される(写真下中)。淡白なヒラメにエビとケーパーも効果的だ。
ポテトのチップスにパルメザンチーズを振りかけたものは初めて見た。生野菜も嬉しい。
"Pan seared Salmon"の"Comber Potatoe"はベルファスト近郊のジャガイモの名産地“コバー”のものをいう。"Tenderstem Broccoli"はスティック(茎)・ブロッコリーのことだ。
こちらも皮はカリカリ、身はほっくりジューシーに仕上がった。ムール貝とエビのソースが良くマッチしている。
タウンセンターの有名店は週末の明日はなお更予約が取りにくいだろう。そこで、明日の席の予約をする。「明日の7時に同じ席を用意しておきます」と気持ちの良い返事をもらう。
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