
第30日 6月19日(土) 水色枠の写真はクリックすると拡大写真になります。
今日の行程 Anchorlee Guesthouse --- Threave Castle --- Threave Garden --- Gretna Green ---
Haltwhistle --- Aydon Castle --- Belsay Hall --- Wallington --- Langley Castle Hotel
今日の走行距離 254km
今日の万歩計 19,500歩
Anchorlee Guesthouse アンカーリー ゲストハウス
アンカーリー ゲストハウスでは
日本人のゲストは初めてだということで、大歓迎だ。ホステスのオリーブ(Olive)、ホストのアリステア(Alastair)と息子家族もでくる。
大げさでなくとても穏やかな対応が心に響く。
食事の前にフロントガーデンとバックヤードを一巡りする。フロントヤードのレイアウトはシンプルで美しい。ポーチドエッグ、セラスチウム、ジギタリスなどが満開だ。
バックヤードは樹木や灌木、宿根草など厚い植栽がされている。バラも沢山咲いている。ホストの手造りらしいフェンスが興味を引く。
平坦なガーデンに高さを持たせる工夫だろう。まだ作製し手間がないと見えバラやクレマチスは十分にクライミングしていないが、数年で覆われることだろう。
高低差のない陽だまりでも見習いたい。
この旅最後のフルスコティシュ・ブレックファストはシンプルだが、それぞれの地元の素材をとても美味しくいただく。
狭い通路をホストと息子さんの誘導で通り抜け出発だ。
Threave Garden スリーヴ・ガーデン
今日の最初の訪問地は
スリーヴ城だ。
A711、A75と進むと標識も分かり易く30分で到着。しかし、パーキングの脇に無人の小屋が立っているだけ。
案内板には、城はここから徒歩で4分の3マイル先のフェリー乗り場から中州に渡らなければならないとのことだ。廃城をそこまでしてみる元気は残っていない。パス。
同じスリーヴでもガーデンは全く違う場所だ。A75に戻りB736を経て10分で到着。
スリーヴ・エステートは現在ナショナルトラストのプロパティーだが、
広さ1500エーカー(180万坪)にも及びスリーヴ城も敷地内に含むのだった。その一画に64エーカー(8万坪)のガーデンが広がっている。
ナショナルトラストの常でパーキングからレセプションのカントリーサイドセンター(countryside Centre 写真上左)までが遠い。
ガーデンのオリジナルは1872年にウイリアム・ゴードン(William Gordon)によってハウス(Threave House 写真上左から2枚目)が建てられた時に造られたものだが、
現在はナショナルトラストの園芸学校(School of Practical Gardening)が併設されており、その学生により開発されているのだという。
ナショナルトラストは古いガーデンを昔のままに維持する所と自ら育てたガーデナーにより逐次変えて行く所とがあるのだ。
最初に来たのはウォールドガーデンだ。1872年当初からあるガーデンで野菜や果物を収穫する為の
"Working Walled Garden"で1エーカー(1200坪)の広さだ(写真上右2枚、下左から2枚目)。当初通り作物は同じだが、温室は新しいものだ。
次は泥炭ガーデン(Peat Garden)だ。湿性・酸性で育つ植物を植栽しているのだが、立っている彫刻が"Descender ( Maternal Line )"
と名付けられているが、意味不明(写真上中)。
次に現れたのはロックガーデン(Rock Garden 写真下中2枚)、頂上から水が噴き出し滝となって池に注ぎ、岩には高山植物が植栽されている。
整形式庭園(Formal Garden 写真上右から2枚目)と銘打つガーデンがあるが、花は見られない。
森の中を散策して行くと秘密の園(Secret Garden 写真下左)がある。木橋を渡ったその先に3つのスレートでできた壺がある(Slate Pots 写真下右)。
学生が作ったものでコンクリートなどの繋ぎは使っていないのだとか。
オークの木で作った大きな松ぼっくりを中心に、さまざまな大きさ、形、葉色のコニファーを集めたコニファーガーデン(Conifer Garden 写真上左3枚)
も見応えがある。その多様さを再確認する。更にはフェザーガーデン(Feather Garden 写真上右)が現れた。見事に草花を排除したガーデンだ。
ハウスの裏側に回る(写真下左)。正面の小塔は"pepper pot "と呼ばれるらしい。言い得て妙だ。"Rose Garden"もあったが残念ながら花数が少ない。
ショップで孫に絵本を選ぶ。
Gretna Green グレトナグリーン
駆け落ちの村として名高いグレトナグリーンに遣って来た。スコットランド最後の訪問地だ。
イングランドでは1753年に"Lord Hardwicke's Marriage Act"という結婚法ができ、両親の承諾を得た21歳以上の男女のみに結婚が制限されるようになった。
そこで両親の同意が得られなかったり、21歳未満のイングランドの若者カップルは、その規定がなかったスコットランドに駆け落ちし結婚したという。
中でも当時のロンドンからエジンバラへの主要街道のスコットランドに入って最初の村グレトナグリーンの鍛冶屋の鉄を鍛える鉄床の前で、
鍛冶屋さんが司祭役となって結婚式を挙げたという。「火熱の中で2つの金属が溶けて1つになるように、若い2人は灼熱の恋の頂点で夫婦となる」という
ロマンチックなお話だ。
現在は一大観光地となり大型コーチがずらりと並ぶパーキングに車を止め、それっぽいゲートハウスを潜って広場に出ると、数々のショップが立ち並ぶ広場に出る。
1712年に建てられたという鍛冶屋(Old Blacksmith)もショップになっている。タータンのマフラー、ケルト紋様のピアス、自家用にクリスタルのショットグラスを求め、
ベンチに座りアイスクリームで一休み。引き続き、ゴルフショップでセントアンドリュースの名入りタオル、妻用のポロシャツ、別のショップではコーヒーメーカーを求め
これでお土産は完璧だろう?
ショップで囲まれた広場に、握り合う2本の手の彫刻が立っている。4mはあるだろう"The Big Dance"と名付けられている。年間70万人が写真を撮る場所だという。
ご多分に漏れる訳にはいかない。居合わせたカップルと互いにシャッターを押し合う。
Countryside カントリーサイド
ナビ子ちゃんの指示でローカルロードを通り26日ぶりにスコットランドからイングランドに戻ったはずだが、国境の標識を見落としてしまったようだ。
しかし、白字に赤十字のセントジョージクロスを掲げている民家が急に増えた。そういえばサッカー・ワールドカップの真っ最中で
南アフリカ大会にはイングランドが出場しているのだ。イギリスではイングランド・スコットランド・ウェールズ・北アイルランドの4つの協会があり、
別々にFIFAに加盟しているのだ。それ故、スコットランドではイングランド・チームを応援する人が少ないのだろう、話題にもならなかったので、
ワールドカップのことは忘れていた。私にしてみれば、英国・UK・GBは1つと考えるのだが、そこは当事者の歴史・文化の問題だろう。
それでは何故4つもFIFAに加盟できるのかといえば、FIFAができる前から存在していたし、最強国に加盟してもらうために認められたということだ。
ゴルフ同様、サッカー発祥の地ならではの所以だ。
オリンピックは1カ国1チームしか出場できないので代表チームを組めないイギリスは、ヨーロッパの五輪予選で4つの協会のいずれかが出場権を得ても、
出場を辞退してきた。しかし、2012年のロンドン大会に関してはすったもんだの末、4協会が合意しナショナルチームを結成すると決まったようだ。
開催国でサッカー発祥国のイギリスが52年ぶりにナショナルチームを組み、100年ぶりの金メダルを目指すとは楽しみなことだ。
因みに、オリンピックで初めてサッカー競技が行われたのは1900年パリ大会でイギリスが優勝している。その後、1908年ロンドン大会、
1912年ストックホルム大会と3回の金メダルに輝いているのだ。
Haltwhistle ハルトホイッスル
A6071からA69でハルトホイッスルの街に入る。目的はオルストン・アーチ(Alston Arches)と呼ばれるビアダクトだ。
場所が分からず駅の近くにiマークを見つけ訊ねる。考えてみれば、この旅で唯一の利用だ。担当者も余り詳しくない様子で頼りないが、
タイン川(River Tyne)の南側、A69沿いから見られるとの案内だ。
行きがけの駄賃と言っては何だが、Newcastle and Carlisle Railwayの美しい駅舎と跨線橋がみられた。
A69に戻り東進すると間もなく左手にビアダクトが見えてきた。左折しローカルロードに入り撮影場所を探すが、樹木が邪魔になる。
1851年に造られ1976年までハルトホイッスルと南のオルストンを繋ぐ支線の鉄道橋として使われ、
2006年からはフットパスとして使われているという。
高さ30m、6スパンの橋だが、何となく安定感がない。どうやらカーブしている上に傾斜しているようだ。
そして、橋脚に窓が開いている。その理由は定かではないようだが、重量を軽くするためとか、歩道橋を設置する計画だったとかいわれているらしい。
Aydon Castle エイドン城
ハドリアン・ウォール(Hadrian’s Wall)はパスすることにした。5年前の雷と雹を伴う土砂降りを思いだす。この旅もおおむね天候に恵まれありがたいことだ。
エイドン城は
イングリッシュ・ヘリテージ(English Heritage)の所有だ。旅の計画を練り始めた頃はイングランドにも日程を割く予定だったので
イングリッシュ・ヘリテージの会員になったのだが、スコットランド中心に変更したので会員証の出番が少ない。
エイドン城は13世紀のイギリスのマナーハウスの良い例だという。それが城として強化されたものだ。周囲に巡らされたカーテン・ウォールが物語る。
広い内庭は緑の芝で覆われているので開放的な雰囲気だ。
Belsay Hall & Castle ベルセイホール
ベルセイホールとこの後訪問の ウォーリントン(Wallington)は05年の旅で訪ねる予定だったが、豪雨に見舞われ断念した。5年越しの念願が叶う。 ここは14世紀からミドルトン家(Middleton family)の居城で、城は1817年まで、ホールには1962年まで住んでいたという。
最初に現れたのはホールだ。古代ギリシャ の寺院に影響を受けたデザインで1810年から始まり1817年に完成した。
ホールの南側のテラスは伸びやかな植栽のテラスになっている(写真上左・右)。そのテラスの先にはシャクナゲの丘が広がっており、鮮やかな色は鮮烈だ(写真上左から2枚目)。
テラスに続きYew Gardenがある。イチイの木で分厚くヘッジされたフォーマルガーデンだ(写真上右から2枚目)。そこから先はMagnolia Terraceとの案内だが、
いわゆるボーダーガーデンだ。スコットランドのガーデンに比べてお客さんが多い。お天気も良く子供連れで賑わっている。
Winter Gardenと称するクロケットローンの脇を抜けて森に入る。そこがQuarry Gardenと呼ばれるベルセイ自慢のガーデンだ(写真上)。
ホールを建てる際に石を切り出した採石場をガーデンにしたものだ。巨大な岩の壁に囲まれ、厚い植栽も相まって日陰を提供してくれる。
上天気のピーカンで気温が上がった中、ホッとさせられる空間だ。樹木だけでなく葉物の植栽も興味深い。
10分ほどの森の散策が終わると14世紀のお城が現れる(写真下左2枚)。保存状態はかなり良い。中世の人が出てきそうな雰囲気がある。
脇に風を感じさせるオブジェがある。中世の城と前衛的なオブジェの対照が妙だ。
Wallington ウォーリントン
A696からB6342に入りウォーリントンの直前で幅員減少の標識が現れる。シングルトラックの太鼓橋があり、
見通しが効かないので"Sound Your Horn"との標識もある。ホーンを鳴らしてそろそろと渡る。欄干には彫刻が施された素晴らしい石橋だ。
これは写真に収めなけらばと空き地を探し車を止める。牧草地をベストアングルを求め突き進む。羊が闖入者を警戒して睨んでいる。蜂蜜色の砂岩の美しい橋だ。
1つのメインアーチと両サイドに"Flood Arches"と呼ばれる小さなアーチがある。1755年に造られたものだ。
ウォーリントンのゲイトは
1754年に建てられた美しいドームと風見鶏のあるClock Towerになっている(写真下左)。この写真はアーチの間にお館が見えるから外側から撮ったものだが、
内側から見るとドーム下の丸い部分が時計で、短針(時針)のみという珍しい時計だ。
お館は1688年に建てられブラケット家(Blackett Family)からトレベリアン家(Trevelyan Family)へと受け継がれ、
1942年にナショナルトラストの所有となったものだ。時計塔もお館もコッツウォルズを彷彿させる美しい蜂蜜色の石だ。
お館を回り込んで南面のテラスに出る(写真上右から2枚目)。この旅はバラには少し早過ぎたが、最後に満開のバラが迎えてくれる(写真下)。 時刻は17時30分、ここは18時30分までオープンしているが、さすがにゲストも少なく静かなガーデンを一人占めだ。
テラスの前の日時計などのオーナメントも重厚だ。テラスの南と東に広大な芝の広場が広がりピクニックエリアとなっている(写真下左2枚)。
B6342がこの広場を横切っている。先程通り抜けた時に不思議なオーナメントがあったので行ってみる。頭と翼は鷲、胴はライオンの形をしている
グリフィン(griffin)と呼ばれる怪物の頭だけが4つ並んでいる(写真下右から2枚目)。奇妙なもので写真を撮るのも憚られる気がする。
B6342を渡った先に"East Wood and Walled Garden"があるようだが、B6342を渡るには迂回しなければならない。兎に角広いのだ。
East Woodは人影もなく寂しくさえなる。ようやく高い石壁に辿り着く。壁を潜るとテラスになっていて下にポンドガーデンがある(写真下左3枚)。
南に面する壁際には長い温室が連なり、その前もテラスになっている。良く手入れされたコンテナとボーダーが平行に走り陽光に輝いている(写真下左2枚)。
一画のベンチに人がいた。腕を組み瞑想しているようだ。「ハロー」と声を掛けたが返事がない。少々気味が悪い。
その先は通路が縦横に巡らされた広大な宿根ガーデンだ。ところどころにヘッジで仕切られたアウトドアルームもあり、どこまで回り切れたのかは不明だ。
旅の最終版、疲れてきているから余りの広大さを持て余す。1ヶ月の旅で沢山のガーデンを見てきたが、何と豊かな国だろう。
最後にとどめを刺された気分だ。「また来年も」と誓う。
Langley Castle Hotel ラングレーキャッスルホテル
さて、この旅30泊目、最後の宿は少し豪華にしたいものと検索したところラングレーキャッスルホテル
が見つかった。14世紀の城だというが、その城の中には9室しかない。しかし、"Castle View Rooms"なるものがある。城の敷地内にあって城を見ることができる部屋だ。
城の中に泊まったのでは城は見えないのが道理、お値段もいくらかリーズナブルになる。勿論食事は城内のダイニングでいただける。
そこで、ささやかなぜいたくとしてCastle View Roomsの中で一番ランクの高い"Castle View Suites"を予約した。通された部屋は城から50m程離れた
良く整備された芝の中に建つ平屋の建物だ。ベッドルームはカーテンで仕切られるから、一応スィートと言えるだろう(写真下左)。
脇のソファーからは正真正銘、カッスルが見える素晴らしいビューだ。写真は明日の掲載としよう。
早速着替えをしてディナーに向かう。赤を基調にしたゴージャスなリビングでワインとアペタイザーでメニュー選びだ。アペタイザーは3品、
スプーンの料理が片方消えているのはサービスされるなりパクついたからだ。最後まで同じ過ちを繰り返してしまった(写真中)。
料理の写真を撮っていると、すかさず向かいに座っていたカップルから「撮りましょう」と声が掛る。このカップルとは明朝までに何度も顔を合わせ挨拶を交わす。
ダイニングに通され、前菜は私が ・ レバーのパテとフォアグラムース 妻が ・ アスパラガスのソテーとムース 上品な皿だ。
箸休めにシャーベットが出て、メインは私が ・ ビーフステーキ 妻が ・ サーモンとホタテのソテー 妻はまたしてもサーモンだ。
また箸休めのアイスクリームが出て、デザートは私が ・ オレンジ 妻が ・ ストロベリーの盛り合わせ をいただく。
とても雰囲気が良いのでリビングに戻り、私はシングルモルト、妻はアールグレイをいただきカッスルライフを満喫する。
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