第9日 6月30日(金) 水色枠の写真はクリックすると拡大写真になります。
Pheasants' Hill Farm
今日はアイルランドの首都Dublinを訪れる日だ。そして、アイルランドを去る日だ。朝から雨模様だが、必ず晴れてくるとの
確信が持てる。雨が多いと聞いていたアイルランドだが、雨で観光が妨げられたのは24日の午前中Wicklow Mountains、
Glendalough、Kilkennyの街までだ。特に雨が多いという西アイルランドでお天気に恵まれたのは幸運と感謝せねばならないだろう。
ますます晴れ男・女の自信を深める。
昨夜お願いしておいた8時に1階に下りて声を掛けるが、またもや返事がない。ダイニングと思われる部屋
(到着時に案内されていない)にも電気がついていない。奥に通じるドアーを強くノックすると使用人らしきものが現れる。
8時の朝食の約束だと伝えると「今やっている。シリアルを食べていてくれ。」という。雨で薄暗いダイニングに明かりもなく、
ミルクさえ置いてなくてどうしてシリアルがいただけるのか? 私達はシリアルは要らない。早く準備するよう伝え待つしかない。
雨は降っているし、ガーデンらしきものも見当たらず、おいてある雑誌などめくりながら待つ。
結局料金を支払う段階までホステスは顔を現さなかった。歓迎の言葉も聞かれなかった。今までイギリスでお世話になった宿では
群を抜いて最低の持て成しだ。The AAの5スターを頼りに選択したB&Bだが値段だけは5スタークラスでサービスはゼロと
敢えて記しておこう。
モナスターボイス(Monasterboice)
DownpatrickからA25を西進しA1に入って南下すると間もなくN1に変わる。すなわち国境だが何の標識も見られなかった。
モナスターボイス
というラウンドタワーとハイクロスのある修道院跡を求めて情報の乏しい中、細い道を手探り状態で辿り着く。
先客は花屋さんが一人、お墓に花を捧げて回っている。新しいお墓には溢れるほどの花輪や花束を捧げている。
墓地の隅にテントが張ってあるから今日がお葬式かもしれない。
そんな普通の墓地の中にラウンドタワーとハイクロスが建っている。いずれも立派なものだ。
5 世紀に建てられたラウンドタワーはバイキングの襲撃を避けるため例によって高い所に入り口がある。
高さは35メートルというからGlendaloughのタワーより高い(最も今は先端が崩落している)。
ハイクロスは沢山立っている。一番立派なのがThe Muiredach crossだ。10世紀に造られたもので高さ5.5メートルだ。
今までに見たケルト十字の中で最もどっしりとした風格のあるものだ。
西の面の十字の真ん中にキリスト磔刑の様子が刻まれている(写真下右)。東の面や両サイドにもケルト紋様とともに
聖書のエピソードが彫刻されており、読み書きが出来なかった人々にその教えを説くためであったという。
他にもThe Tall CrossとThe North Crossという古いハイクロスが残っている。一人では怖くて居られない雰囲気だ。
ドロヘダ(Drogheda)
世界遺産のボイン渓谷の遺跡群観光の拠点都市ドロヘダ
の街に寄る。歴史ある大きな街だが、ここでも道路工事が盛んに行われており大渋滞だ。車窓見学のみとする。訳も分からず
走っている内に13世紀に作られたという聖ローレンス門(St, Laurence Gate)を潜っている。ゲートは1車線、前後の道路は
2車線だが、信号もなしで混乱もなく行き来している。更に進んで何故か聖ピーター・アイルランド教会
(St, Peter's Church of Ireland)の横も通過している。通りには車と人が一杯だ。活気ある街だ。
ニューグレンジ(Newgrange)
ニューグレンジは世界遺産のボイン渓谷の遺跡群の一つで
ピラミッドよりも古い5000年以上も前の古墳だ。冬至の日にだけ太陽の光が墓室に入ってくるように設計されているという。
当時(?)の高い文化を感じられる。
ドロヘダからボイン川沿いに西に進むと豊かな緑の草原が続く。目を凝らして見渡すと小さな丘やら転がっている石やら
生えている木さえ遺跡に見えてしまう。そんな中、バストのような二つ並んだ小山(写真下左)は正真正銘の遺跡に違いない?
(色々調べたが定かではない。)
暫く走ると急に整備された公園の入り口のような雰囲気のブル・ナ・ボイン ビジターセンター(Bru na Boinne Visitor Centre)
の入り口が現れる。入って驚いた。整備された広大なパーキングにはコーチがズラリと並んでいる。アイルランド観光の目玉ゆえ
仕方なかろう。立派なパーゴラの先がセンターの入り口だ。事前調査では見学はガイドツアーのみで、
1度に見学できる人数には制限があり、大変な待ち時間になるようだ。
アイルランドを観光してイギリスと大きく違うと感じる点は自由度だ。ガイドツアーのみの観光地が多い。言葉の障害もあるが、
人それぞれ興味は異なるのだから、フリーに見学させて欲しい。セキュリティーとか雇用とかは各所にガイド(ガード))を配置し、
観光客の要望に副ってガイドしてくれたらどんなに良いことか。(イギリスにはこの形が多いと思う。)
また、モハーの断崖でも述べたが観光開発・整備が行き過ぎる懸念がある。(この辺り日本と似ていなくはない。)
イギリスに成熟した大人の社会を感じる。At your own risk.
ガイドツアーは敬遠するとして、ここからは林に囲まれて何も見えない。更に西に進むと忽然として右手に現れたもの、これが
ニューグレンジか?(写真下右)5000年以上も前のものというにはあまりに整然としていて味がない。周りに見える
建物も興を削ぐ。入り口らしきところに人が大勢群がっている。手前の草を食む羊に長閑さを感じる。パスして正解。
ダブリン(Dublin)
何だか嫌気が差して予定していたタラの丘(Hill of Tara)もトリム(Trim)もパスして首都ダブリンで時間をとることにする。
さすがに首都、大きな街だM1を降りてからも渋滞気味の市街地を延々と走る。ようやくRiver Liffeyを越えたが、
どの橋を渡ったのか定かでない。検討しようにも停車する場所もない。見当(?)をつけて右岸を西に走ると駅に出た。
どうやらヒューストン駅(Heuston Station)のようだ。丁度客から料金を徴収し終わったタクシーの運転手に道を尋ねようと
近づくと待てと手で制される。叱られたのかと思ったら、トランクから荷物を降ろしてあげる仕事が残っていたのだ。
その荷物を駅ビルまで運んであげて戻ってきた。「お待たせ。質問は?」と親切に説明してくれた。
ところが悲しいかな聞き間違えたようで目的地より大分手前に駐車スペースを見つけてしまい、散々歩くことになった。
お蔭でガイドブックでは見ない建物にも出合えた。ハープを弾く女性はトリニティー・カレッジ近くで出合った。
クライスト・チャーチ大聖堂(Christ Church Cathedral)
大分東に向かって歩くとクライスト・チャーチ大聖堂が見えてきた。
下のパノラマ写真の右側の部分だ。回廊でつながる左側はDublinia and The Viking World
だ。クライスト・チャーチ大聖堂はアイルランドで最も古い歴史を持つ教会でこの石造りの大聖堂は1172年に建立されたという。
Dublinia and The Viking Worldは博物館になっていて中世のダブリンやバイキングに関する展示がされているという。
ダブリン城(Dublin Castle)
大聖堂の直ぐ近くにダブリン城が建っている。
1204年にイギリスのジョン王によって建てられ、約700年間に亘ってイギリス支配のシンボルであったというが、
城らしい雰囲気が見られない。写真はUpper Castle Yardへのゲートとその上に建つ彫像だ。
天秤を持つ女性の像はFigure of Justiceと呼ばれる。
写真右はDubh Linn Gardensだ。Gardenという言葉に惹かれてきてみたが、一面芝の広場にケルト紋様の通路が刻まれている。
晴天続きで芝が枯れてしまったようだ。ここはダブリンという街の名前の発祥となる場所だという。9世紀にここを攻め落とし
城砦を築いたバイキングがここにあった「黒い水溜まり(ゲール語でDubh Linn)」に因み"Dubh Linn"と呼んだことから
"Dublin"になったという。
良いシーズンには青い芝の上で多くの市民が憩う姿があるようだが、雨の後の炎天下では静かだ。
トリニティー・カレッジ(Trinity College)
トリニティー・カレッジにやってきた。正門をくぐるとスクエアの中心に
高さ30メートルの鐘楼(Campanile)が目に付く。左手の建物はGraduales Memorial Building、右手の建物が
オールド・ライブラリー(Old Library)だ。
2階はロングルームと呼ばれ、ヨーロッパで最も大きなワンフロアの図書館(64メートル×12.2メートル)だ。
妻がここに収蔵されているケルズの書(Book of Kells)を見たいということで反対側の入り口にやってきてビックリ、大行列だ。
これを待っていたらフェリーの時間に間に合わない。泣く泣く断念。
ダブリン(Dublin)
アイルランド音楽のCDを探しにグラフトン通(Grafton Street)に来てみたがショップが見当たらない。そこで、ナッソー通
(Nassau Street)に」廻ってようやく店を発見、アイルランド・フォークの3枚組みCDをゲットする。
車までは長い道のりだ。冷たい飲み物を求めて人心地付け、ひたすら歩く。街灯のハンギングが癒してくれる。
大聖堂の前を観光馬車だろうか蹄の音も高らかに行く。愉快な彫刻に励まされる。
ガイドブックにはないが色々な建物が目を惹く。
心配していたフェリー乗り場までの道は、分かり易い案内板のお蔭でスムーズに着いた。
Stena Line
フェリー乗り場のDun Laoghaire港にはヨットが沢山係留されている。見た目は良くないが仕種のかわいい小鳥がいる。
水掻きがないから水鳥ではないようだ。人を怖がる様子はない。
いよいよアイルランド島とのお別れだ。23日にこの港についてから7日でほぼ一廻りしてしまったのだ。
3つある世界遺産を遠目ながら全て眺め、6つある国立公園の内5つを訪れたのだ。何とも欲張りなスケジュールであったが、
無事完走できた。ということでフェリーに乗るとギネスとバーガー・キング(Burger King)のオニオンリングでカンパイ。
Betws-y-Coed
HolyheadからBetws-y-Coedまでは1時間足らずだ。Angleesey島をひた走り、Menai海峡を渡り、懐かしいスノードニア(Snowdonia)
の山々を縫って走る。イングランド本島に戻り故郷に帰ったような安心感がある。
Betws-y-Coedは北ウェールズの観光拠点のひとつであるが、
前回は通過しただけだったので、今年は敢えて宿泊地とした。観光地だけに1泊のみの宿泊は受け付けないB&Bがあり、
3軒目の問い合わせでようやく予約できたB&BはA470沿いの急な斜面に何軒か軒を揃えているB&B街にあった。
夕食にはパブリック・フットパスを通って街に出るよう薦められる。今日も良く歩いて疲れ気味なので車でと思ったが、
強く薦めるので歩くことにする。帰りが思いやられる程の急坂を下り、草原の細い道を進むと吊橋がある。昨日のCarrick-a-rede
に引けを取らない立派な橋だ。下を流れる川はConwy Riverだ。黒い水面に青い空と緑の木々が映えて素晴らしい眺めだ。
Stables Lodge
お薦めのStables Lodgeは大きな店だ。この晴天で
室内の席より室外のテーブルの方が人気のようだ。隅の方に空席を見つけ陣取る。パラソルの天井にヒーターが付いている。
知らずに熱を感じびっくりすると隣の席の家族ずれに笑われた。最初は熱く感じたが次第に丁度良くなる。
やはりウェールズ、北国だ。
オーダーはフラットマッシュルームのソテー・ゴーダ・チーズ添えとサーモンのフィッシュケーキだ。付け合せも
生野菜・チップス・ピーと揃って上手い取り合わせだ。帰りは22時だがパブリック・フットパスは充分明るい。
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