2010年の旅 アバディーン編

花花

第14日 6月3日(木) 水色枠の写真はクリックすると拡大写真になります。
今日の行程        Tigh Na Leigh --- House of Dun --- Arbuthnott House Garden --- Fettercairn ---
                         Edzell Castle and Garden --- Kirkside of Lochty --- Cortachy Castle --- Tigh Na Leigh
今日の走行距離      192km
今日の万歩計       10,500歩

Tigh Na Leigh Tigh Na Leigh

Tigh Na Leigh  タイ・ナ・リー

天気は上々、暖かな朝だ。Bettinaの話では日中は18℃まであがるとのことだ。食事の前にガーデンを一巡りする。デザインコンセプトを聞いているから見ていて参考になることが多い。 白樺の林がとても清々しい風景を与えてくれる。ガゼボはまだ造ったばかりのようだ。植物に覆われるのは来年だろう。
昨日のディナーで顔馴染みとなったお客さんに挨拶をして、今朝もフル・スコティッシュ・ブレックファストを美味しくいただく。体調も上々だ。
ランドリー・サービスをお願いすると、袋を持ってきて「これに入れて部屋に置いて」とのこと、煩わしい洗濯から逃れて気分も上々、出発だ。

Bridge of Dun  ダン橋

昨日のお客さんが推薦のHouse of Dunを目指して走行中、"Bridge of Dun"と"Caledonian Steam Railway"の2つの道路標識を見つける。橋にも蒸気機関車にも弱い。 思わずハンドルを右に切る。ナビ子ちゃんは元に戻るルートを盛んに支持するが無視して進む。
ダン橋は期待を越えるエレガントさで迎えてくれた。この美しさを表せるアングルまで草深い土手を下る。3連の緩やかな曲線のアーチは上品で優美だ。 歩行者の半円形の退避所の下の細い円柱にはここまでするかと驚嘆するばかりだ。写真下右2枚は待避所から撮ったものだ。River South Eskの流れも清らかだ。 1785年に出来たというが、この時代の方が豊かだったのだろうか。
もう一方の蒸気機関車の駅名も"Bridge of Dun"といい、近くのブレチン(Brechin)の街とを繋ぐわずか3km程の保存鉄道なのだ。 運行は週末のみということで人影はない。駅舎も周辺も整備が悪く、蒸気機関車への郷愁や夢を破ってくれる。

Bridge of Dun Bridge of Dun Bridge of Dun Bridge of Dun

House of Dun

House of Dunは14世紀から600年に亘ってErskine familyが暮らしてきたが、 1980年にナショナル・トラスト・スコットランドに寄付され、1989年にクイーンズマザーによりリオープンされた邸宅だ。 因みに今残るハウスは1730年に建てられたものだ。
パーキングからハウスまでの道程に巨大な杉が並んでいる。セコイアメスギ(Rdwood レッドウッド)という木で16本並んでいる。 その中で最も背の高いものは39m、最も太い木が周囲7mあるという。これはまだ樹齢150年余だが、 この種は樹齢500年、高さ100mに達するものもあるそうだ。いきなり度肝を抜かれる。

House of Dun House of Dun House of Dun House of Dun

ハウス内のオープンが12時からだからか訪問者ははまだ少ない。ハウスの東側のウォールド・ガーデンに入る。50m×30m程の小ぢんまりしたガーデンだ。 壁に沿ってボーダーガーデンが巡らされ、中央は芝の広場で何カ所かに円形のベッドが造られ、趣向を変えた植栽がなされている。 セラスチウムのシルバーのエッジが美しいく効果的に感じる。王冠型のガゼボもユニークだ。
ボーダーの宿根草が厚く高く繁っているが、まだ花の時期は先のようだ。モニュメントやファーニチャーも素晴らしい。

House of Dun House of Dun House of Dun House of Dun House of Dun

ハウスの南側に回り込むとテラス・ガーデンだ。ハウスのエントランスに上がる階段の手すりに、小さなコンテナが鈴なりに取り付けられているが、 全体のスケールに比べ、チマチマした感じで首をかしげたくなる。
その階段の最上段からの眺めが写真下右から2枚目だ。半円のヘッジの植え込みの中心にはリオープンの記念の銘板が置かれている。 その下のテラスにはサンダイアル、その先は牧草地を隔て、モントローズ湖(Montrosr Basin)の湖面が白く光る。

House of Dun House of Dun House of Dun House of Dun

Arbuthnott House Garden  アーバスノット・ハウス・ガーデン

アーバスノット・ハウスは1420年に建てられたアーバスノット家の居宅だ。 ハウスのオープンは7月の限られた日だけだが、ガーデンは年中開いている。
17世紀にハウスの南面に造られたガーデンはスコットランドで最も古いものの1つとされ、5エーカー(6000坪)の広さだ。 急な斜面にあるため変化に富んだ表情が見られる。

Arbuthnott Arbuthnott Arbuthnott Arbuthnott

ガーデンは北面をハウスで、東西は分厚いレンガの壁で、斜面の一番底の南面は鍛鉄製(ロートアイアン Wrought-Iron)のフェンスで囲まれた重厚なガーデンだ。
レンガの壁にはリンゴやプラム、チェリーなどの垣根仕立てで覆われ和らかな雰囲気を作る。斜面は何段ものテラスで構成されるが、その芝の管理が見事だ。 通路も全て芝で覆われている。
一隅の温室の中にはゼラニウムのコレクションがずらりと並べられている。珍しい黒い花のゼラニウムは持って帰りたい気分だ。

Arbuthnott Arbuthnott Arbuthnott Arbuthnott Arbuthnott

樹木の多彩さも素晴らしい。ガーデンを仕切るヘッジ、灌木、トピアリー、樹木と緑濃い植栽だ。中には樹齢300年のヒマラヤスギもある。 キングサリの大木にも驚かされる(写真上右)。
ロートアイアンのゲートも苔むしたサンダイアルも素敵なデザインで心を捕える。お屋敷への入り口の橋が優雅な装飾に満ちている。欄干の上の壺が高々とひと際異彩を放つ。

Arbuthnott Arbuthnott Arbuthnott Arbuthnott

Countryside  カントリーサイド

fettercairn

次の訪問地にむかって走る。ナビ子ちゃんはかなりローカルな道路を通るショートカットの道を指示してくれる。道端のエニシダも咲き始めた。 菜の花畑が遠く近くに点在する景色は目に優しい。

素晴らしいシティーゲートを潜る。立派なゲートを持つ割りには可愛い小さな村だ。時間に余裕があるのでパーキングを見つけ途中下車だ。 イギリスの由緒ある街や村の入り口には立派なシティーゲートが見られる。その目的は防御のためであったり、課税のためであったり、交易のためであったり、 何かを記念してであったりする。多くはかなりの年代物が多い。これを写真撮影することは橋を撮影することと同様なかなか難しい。 それが目的で訪問したのなら別だが、通過中にたまたま見つけても車を止める場所が見つからない。 街の要衝にあるから交通量が多く、まして馬車の時代の物が多いから幅が狭く、ゲートの付近は混雑しているからだ。

taikouyuusen

感心することは混雑があろうとも、イギリスではこれを撤去しようという動きが起きないことだ。交通量が少なければ、相互の譲り合いで問題ないし、 混雑があれば、どちらかを優先にすることで済んでしまう。(右は”対向車優先”の交通標識) 余程混雑する場所では、信号による交互通行にしている。
また、それぞれの街や村の近くで採れる石を使っているから、建物ともマッチし、それぞれに違った個性を見せてくれるのも嬉しい。
この村はフェッターケルン(Fettercairn)といい、シティーゲートはフェッターケルン・アーチとよばれている(写真下左)。
1861年のビクトリア女王の訪問を記念して1864年に建てられたものだ。アーチの中のとんがり屋根は教会だ。
またこの街は”ホワイト&マッカイ”というスコッチの蒸留所がある。
左から2枚目はこの後訪れたエドゼル(Edzell)の村の南の入り口で見たダルハウジー・アーチ(Dalhousie Arch)だ。13代ダルハウジー伯爵を記念して 1887年に建てられた。アーチの向こうに見えるとんがり屋根も記念館だ。2つとも絵に描いたように美しい光景ではないか。
右から2枚目は5月30日に訪れたスクーン宮殿で見た旧スクーン村の16世紀のアーチ門(Archway)、右は31日訪問のセント・アンドリュースの12世紀のThe Pends Gateだ。 年代の差は歴然だ。この後も幾つかお目に掛ることだろう。

fettercairn edzell Scone Palace St Andrews

Edzell Castle and Garden  エドゼル城

エドゼル城はユニークな17世紀のガーデンを持つ城として知られる。 とても楽しみにしてきた城だ。
ヒストリック・スコットランド管理のこの城は12世紀に端を発するが現在残っているのは16世紀の廃墟だ。赤い砂岩で造られているその色も個性的だ。

Edzell Castle Edzell Castle Edzell Castle Edzell Castle

タワー(Tower House 写真下左)が1520年に建てられ、西棟(写真上左2枚)が1553年に建てられたという。そして、1562年にはメアリー女王(Mary Queen of Scots)が 訪れたという。この城は防御の城というより、お客様を招くための城であったようだ。
そして、16世紀末には北棟(写真上右から2枚目右部分)や現在は残っていない東棟、南棟が造られた。写真上右が南棟の壁の跡だ。 写真上左2枚は城の外から、右2枚は城の中庭(Courtyard)からの撮影だ。
1604年からSir David Lindsayによって始まったウォールドガーデンは城の南面に東西43.5m、南北52メートルを高さ3.6mの壁で囲み、 南東角にはサマーハウス(Summer House 写真下中)、南西角には浴場(Bath House 現在は残っていない)が築かれた。お客を楽しませるためだ。

Edzell Castle Edzell Castle Edzell Castle Edzell Castle Edzell Castle

タワーから眺めた様式化されたヘッジガーデン(写真下左2枚)は1930年に復元されたものだが、17世紀初頭にここまで精緻なデザインが為されていたのだろうかと驚く。 良く見るとヘッジには文字が刻まれているのだ。ヘッジの中に植え込まれているのはバラだ。咲いた光景を想像するだけでため息だ。三角の紋様の刈り込みも素晴らしい。
何よりこのガーデンを特徴づけているのが、周囲の壁だ。城と同じ赤い砂岩で築かれ、彫刻されたパネルが掲げられているが、何を意味するものか分からない(写真下右)。 帰国後調べると、パネルのテーマは西の壁に"Cardinal Virtues"(宗教上の美徳)、南の壁に"Liberal Arts"(一般教養)、東の壁に"Planetary Deities"(惑星の神)だという。 それぞれ7枚ずつあったようだ。興味ある方にはこのページが詳しい。
前述のパネルとは別にゲートの上にガラスケースで保護されたパネルがある。”1604”と”SDL”、”DIF”の文字が見える。ガーデンが始まった年号と "Sir David Lindsay"と彼の妻の"Dame Isabel Forbes"を示してるようだ。
ヘッジガーデンの中でお喋りばかりしている若い女性10名ほどのグループがいる。老婆心ながら妻を通して「タワーからの眺めは見たか?  まだならぜひご覧なさい」と知らせる。タワーに登った女性たちが「Thank you」と手を振ってくれる。
壁に市松模様の穴が開いている。これはフラワーベッドと鳥の巣箱になるという。うきうきするような面白いアイディアだ。 ネットで花の時期の写真を見ると青と白のロべりアと思われる花が溢れ垂れ下っている。花の時期に再訪したいものだ。

Edzell Castle Edzell Castle Edzell Castle Edzell Castle

Kirkside of Lochty  カークサイド・オブ・ロッホティー

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今日もガーデン・スキーム(Scotland’s Gardens Scheme)のガーデンを予約してある。 カークサイド・オブ・ロッホティーだ。 ロッホティーは10戸余りの集落の名前だ。ローカル道路を辿って着いた先は大きな木に囲まれたカントリーハウスだ。小さな黄色の案内が出ているから分かるものの、 深い木々で囲まれた家では案内を乞うこともできない。
敷地内に入り納屋の前に車をとめる。サンテラス側から声を掛けるが、応答がない。乗用車があるので留守の訳はないと思い、玄関に回りノックするが応答なしだ。 また昨日の二の舞かと思いつつ、再びサンテラスに回り声を掛けるとようやくにこやかにご夫妻が現れた。サンテラスと玄関を行ったり来たり、私達と反対に動いていたのだ。 それだけ大きな家ということだ。
因みにイングランドではガーデン・スキームのガイドブックの表紙はイエローだが、スコットランドは右の通りイエローの部分が少ない。 イングランドから始まった組織ではあるが、スコットランドの独立心の表れというものだろうと勝手にうがった見方をする。

Kirkside of Lochty Kirkside of Lochty Kirkside of Lochty Kirkside of Lochty

IreneとJamesが「日本からのゲストは初めてだ」と歓迎してくれる。案内されたのは玄関前の一段下がったサンクンガーデンだ(写真上左)。 クロッケーが出来そうな芝の広場を囲んで周囲はボーダーになっている。Ireneと妻は植物の名前や特徴などを語りながらだから前へ進まない。 Jamesと私は付いて行くだけだ。Jamesが「君は喋れないのか?」と聞くので、「通訳は妻の仕事で私の仕事はドライバーとカメラマンだ」と応えると 「それも大切な仕事だ。ノープロブレム、私もスコティッシュしか喋れない」と言う。イングリッシュは喋らないというスコッツ魂だ。
右に回り込むとサンテラスの前の生け垣で囲ったメインガーデンに出る(写真上右3枚、下右2枚)。テラコッタや石製のオーナメントなどを配したデザインが好みに合う。 写真上中2枚の中にアイアン製で円形の支柱が幾つも使われているのがお分かりだろうか? これについては後日談がある。

Kirkside of Lochty Kirkside of Lochty Kirkside of Lochty Kirkside of Lochty Kirkside of Lochty Kirkside of Lochty

家の壁はエドゼル城と同様に赤い。当地で採れるのはこの赤い砂岩なのだろう。ハニーサックルや藤だろうかクライミングしている。
生け垣を出るとウッドランドと言うほどではないが、大きな樹木や花木の下を宿根草が覆い尽くす散策路になる(写真下中2枚)。 Ireneは自慢の珍しい植物を手に取り説明してくれる。ナルコユリやアマドコロなどのユリ類、シダ類など色々な種類が植えられている。 Ireneは静かなおとなしい花が好きだが、特にアマドコロが好きだと言う。
Ireneはポーセリンのペインター、Jamesは農場を経営していたが、数年前に農場を息子に譲り、この家を購入してガーデニングを始めたのだという。 現役時代の職業の話になり、「私たち二人はファーマシストだ」と言うと、Jamesが「私はただのファーマーだ」と言って笑わせる。
ところで、イギリス人は生活に応じて家を替える。リタイアしたらカントリーサイドに家を求めガーデニングをするのが理想という人が多いらしい。
数年と言うことは、このガーデンは前の住人が造っていたガーデンが基礎となり、Irene流に変えて行ったものだろう。 Jamesはガーデニングの手伝いはあまりしないようだ。ゴルフ三昧の毎日で先日訪れたセント・アンドリュースのメンバーだという。 Ireneは「クラブのパーティーだとか何とか言って良く出かけるけど、私は連れて行ったもらったことがないの」と愚痴っている。 イギリスのクラブハウスは昔は女性禁制だったと聞くが、セント・アンドリュース辺りはまだそうなのかもしれない。 セント・アンドリュースのメンバーと言うことは並みのファーマーではない。

Kirkside of Lochty Kirkside of Lochty Kirkside of Lochty Kirkside of Lochty

アストランティア(写真上左)の種を探したが見つからなかったと話すと帰国後5種類の種を送ってくれた。3種類は自分のガーデンで採ったもので、 2種類は新たに購入したものを半分分けてくれたのだ。何んとも嬉しいことだ。
外回りを一巡りしてメインガーデンに戻る(写真上右)。ハウスの脇に石の桶があり、ガーゴイルの口から水が流れ出ている。水の真ん中に三角の石があり、 Jamesが"Lady in bath"と名付けているらしい。「この石をワイフのイヤリングにしようと思う」と言ってIreneのひんしゅくを買っている。 周りにある石の幾つかは、隣人がどこかの城から持ってきたものだというが、それってありだろうか?
サンテラスでお茶をいただく。手作りのパウンドケーキが美味しい。お変わりの一切れもいただく。イギリスのガーデン巡りに毎年訪れており、 スコットランドは2回目だと話すと「スコットランドにも良いガーデンは沢山あるからもっと頻繁に来なさい」とあくまでもスコッツ贔屓だ。
メインガーデンにあった円形の支柱について「ああいうものが日本にはない」と話すと、ガーデンセンターのカタログを持ってきて 「送って上げるわよ。どれが幾つ欲しいの」と言う。そこまでしてもらう訳にはいかないのだ、ネットで取り寄せるからとカタログをいただく。 帰国後ネットで取り寄せようとしたが、何度試してみても最後にカードナンバーを入れると意味不明のコメントが出て上手くいかない。 結局陽だまりのアーチやオベリスクを作成してもらった鉄工屋に特注して、イメージ通りの物が出来た。
家族の話になり、お嬢さんがイラストレーターだと言って、幾つかの雑誌を取りだしてそのイラストを見せてくれた(写真下右)。とても愉快なデザインだ。 12月にこのイラストのクリスマスカードが届いた。2時間余りの滞在になった。ホスピタリティーに心から感謝してお暇する。

Kirkside of Lochty Kirkside of Lochty Kirkside of Lochty Kirkside of Lochty Kirkside of Lochty Kirkside of Lochty

Cortachy Castle  コータッチー城

Cortachy Castle Cortachy Castle

B&Bの常連さんが勧めてくれたもう一つのガーデンがコータッチー城だ。 B955に沿って立派なゲートが建っているが "PRIVATE"の札がある。変だなと思いつつ侵入する。500mほど走るとRiver South Eskの岸辺の小高い所に 壮麗なお城が見える。白い壁、円形のタワーにとんがり屋根とおとぎ話のお城のようだ。しかし、入口は閉ざされている。パーキングにも車は1台もない。
どうやら今日はお休みと諦めて岸辺に下り川の流れを写真に収めていると1台の高級スポーツカーが入ってきた。車を止め降りてきたのは老紳士だ。 悠揚たる物腰はエステートの当主らしい。「ガーデンを見たかったのだが」と伝えると「ガーデンのオープンは次の日曜日だけだ」との返事だ。
これも帰ってから調べて分かったことだが、ガーデン・スキーム(Scotland’s Gardens Scheme)として6月と10月に1日ずつオープンするようだ。 それがたまたま次の日曜日ということだったのだ。やはり、あの"PRIVATE"は侵入禁止だったのだ。

さて、時刻は17時30分、食事にはまだ少し早い。今から観光できそうな場所を地図で探す。メイグル(Meigle)という街に"Sculptured Stone"の文字を発見。 1日に見たアバレムノの石と同じように屋外に立っていれば見られるかもしれないとナビ子ちゃんにセットし訪ねる。
しかし、残念ながら教会の中にあるようだ。ヒストリック・スコットランドの管理で17時までとなっている。今日はここまでとしよう。

Hotel Lands of Royal  ホテル・ランズ・オブ・ロイヤル

Bettinaの一押しレストランだし、一昨日訪れて雰囲気も良く美味しかったので再びホテル・ランズ・オブ・ロイヤルに訪れた。 昨日と同じソファーで食前酒を飲みながらメニューを選ぶ。今日は2コースの"Tody's Special"に決める。
前菜は妻が・ Soup of the day served with homemade breads  私は・ Spring rall of confit duck with Asian jam and bitter leaves
メインは二人とも・サーモンの蒸し料理 サフランソース 生野菜と茹でたポテト添え だ。妻は昨日も一昨日もその前の日もサーモンだったはずだ。 確かにスコットランドの鮭は美味しいが、好きとはいえ、良く飽きないものだ。美味しかった上、リーズナブルなコースに大満足だ。

Hotel Lands of Royal Hotel Lands of Royal Hotel Lands of Royal Hotel Lands of Royal

食後はロビーに戻り一休み、豊かな気分だ。ホテルの横手の斜面にガーデンが広がる。フロントにお断りして入ってみる。小さなホテルだからさほど広いガーデンではないが、 変化に富むガーデンだ。クロッケーのローンも美しいく絵になる。

Hotel Lands of Royal Hotel Lands of Royal Hotel Lands of Royal Hotel Lands of Royal Hotel Lands of Royal

花盛りなのはクレマチス、シャクナゲ、ルピナスだ。どうしてルピナスがこんなにすくすく伸びるのだろう。羨ましい。

Hotel Lands of Royal Hotel Lands of Royal Hotel Lands of Royal Hotel Lands of Royal

明日から宿泊のThe School Houseへリコンファームの電話を入れたが電話番号が違う。良く見ると2日目から泊まったFirwoodの電話番号だ。 宿泊先リストを作った時、コピー&ペーストしたまま、電話番号だけ書き直すのを忘れたようだ。良くあるミスだが、少々慌てる。 FirwoodのMikeも人が悪い。我々の間違いと知ってそれを明かさないでからかっているのだ。
長女に電話をしてNorthumberland、Wooler、The School Houseで検索してくれるよう依頼する。程なく返事が来て正しい電話番号が分かる。やれやれ。

    

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