第16日 6月5日(土) 水色枠の写真はクリックすると拡大写真になります。
今日の行程 The School House --- Dunnottar Castle --- Stonehaven --- Drum Castle Garden ---
5 Rubislaw Den North ---Castle Fraser --- Crathes Castle Garden --- The School House
今日の走行距離 214km
今日の万歩計 13,700歩
The School House スクールハウス
スクールハウスの第1夜が明け、清々しいお天気の朝を迎えた。部屋数3つの小さなB&Bだ。
ホステスのRuthが一人で切り盛りしているようだ。Ruthはとても控えめな静かな女性で、昨日までのBettinaと対照的だ。
ここのメニューにはトラディショナル・スコティッシュ・ブレックファスト(Traditional Scottish Breakfast)と記されている。毎朝ヨーグルトをいただくが、
B&Bによってメーカーが異なる。地産地消なのだ。何処へ行ってもミルクともども美味しい。何せ、村を1歩出れば羊と牛の世界なのだから。
ランドリーサービスを訊ねると洗濯機の場所に案内し、「自由に使っても良いし、私がやってもいいわよ」とのことだ。明日お願いすることにする。
Dunnottar Castle ダノッター城
今日の最初の訪問地はダノッター城だ。5年前にも訪れたが、その後の訪問地
"St Andrews Old Course"へ急ぐあまり、遠くから眺めてそれで良しとしてしまった城だ。ダノッター城の情報を見ると"stunning"とか"dramatic"、
"unforgettable"、"evocative"などの形容詞が踊っている。今回こそはと心に秘めてやってきた。
パーキングから500mほどの取りつき道路の両脇は野の花が咲き乱れている。写真を撮ろうと近づくと、同じようにカメラを構えていた婦人が
「気を付けて。触っちゃダメ」と叫ぶ。その時には既に遅かった。花に触れた膝のあたりに鋭い痛みとしびれを感じる。ピンクの花はスコットランドの国花あざみだったのだ。
「触っちゃったのね。でも、数時間で元に戻るわよ」との優しい言葉だ。白い花はどこでもお馴染みのセリ科の花だ。妻は「オルラヤがこんなに」と羨ましがっている。
城は北海に突き出た高さ50mという断崖絶壁の上に建っている。城への狭い道は一旦海面近くまで下り、再び登らなければならない。
イギリスに関するエッセーで有名なリンボー先生は「ホルムヘッドの謎」でこの城を”海岸の断崖絶壁の上に、ダノッター城という、これまた不吉極まりない姿の、
無残に崩れた廃墟の城がある。”と表現しているが、それ程寂れた感じはしない。リンボー先生が訪れたのは雨模様の日だった所為もあろう。
この地には5世紀頃キリスト教をピクト人に伝道するため訪れた伝道師によりスコットランドで最初の教会が建てられたという。
そして、7世紀頃にはバイキングから守るための砦に変わったのだ。"dun"はピクト語で”砦”を意味するのだという。
岩の上は外から眺めた印象よりずっと広く感じる。3エーカー(3700坪)もあるという。そこに14世紀から17世紀に建てられた11の建物の廃墟がある。
写真上右が本丸(The Keep)だ。15世紀前半の建物だが保存状況が良く2階に上がれる。2階からの眺望が下右3枚の写真だ。右から南側の海岸線(Old Hall Bay)、
入口(Gateway)と海岸(Castle Haven)、中庭(Courtyard)だ。北海を渡ってくる風は冷涼で心地よい。
ウィリアムウォーレス(William Wallace)やメアリー女王(Mary Queen of Scots stayed)の2度にわたる訪問など城は繁栄する。17世紀になるとより多くの人を招くために
"The 17th Century Ranges"と呼ばれる区域(Range)が増築される。写真上左から2枚目の左に写る建物だ。先ず"West Range"と呼ばれる区域(写真下左)が建てられ、
順次"Chapei"、" North Range"(写真下左から2枚目)、"East Range"が建てられ、長方形の中庭を囲む施設が完成する。
写真下右から2枚目は中庭の貯水池(Cistern)と兵舎(Barracks)だ。右は鍛冶屋の仕事場(Smithy)で馬の蹄鉄や銃や大砲の弾丸など重要な仕事をしていた。
1649年に父のチャールズ1世(Charles T)を清教徒革命(Puritan Revolution)の指導者クロムウェルにより処刑されたチャールズ2世(Charles U)は、
1651年にスクーン宮殿(6月30日訪問)でスコットランド王として戴冠したが、その際使用したスコットランドの誉れ(Honours of Scotland)といわれる王冠と剣と笏
(Scottish Crown Jewels)をエジンバラ城(5月26日訪問)に戻す間もなく、クロムウェルの強力な軍隊に敗れる。そこでスコットランドの誉れをダノッター城のマリスカル伯爵
(Earl Marischal)に託し、フランスに逃れてしまう。ダノッター城の70名の駐屯兵はクロムウェル軍の攻撃に8ヶ月耐えた後降伏するが、
スコットランドの誉れは密かに持ち出されて難を逃れた。そして、1660年チャールズ2世はロンドンに戻り、王政復古が果たされると、スコットランドの誉れも
エジンバラ城に戻されたのだという。
歴史にはあまり興味のない私だが、スコットランドを巡っていると否が応でも歴史の中に誘い込まれてしまう。
写真下左はMain Entranceで4つの丸い穴は銃眼(quad gun-port)なのだ。中央はWaterton's Lodgingと呼ばれ、伯爵の息子夫婦のために建てられた16世紀の建物だ。
右は1km程北にあるBlack Hillの頂上に立つ戦争記念碑(War Memorial)だ。
近くのファームでPYO(Pick Your Own)してきたのだろう、2種類のベリーを遺跡の石に座り食べていた若い女性カップルに写真撮影を頼まれる。長閑な光景だ。
そして、ここは1990年の映画"Hamlet"のロケ地ともなったのだ。断崖にはパフィンも見られるということで目を凝らして探したが、
残念ながらカモメやアホウドリのような海鳥しか見られない。リンボー先生の言う不吉極まりない歴史を秘めたお城だが、今は平和の中にある。永遠にと願う。
Stonehaven ストーンヘブン
アバディーンシャーの情報を求めてあれこれサーチしているとStonehaven Feein' Marketが掛って来た。
ハイランドゲームとは違うフェスティバルのようなものだ。毎年6月の第1土曜日に開催されるという。丁度我々の滞在と重なる。一期一会、見逃す手はない。
ダノッター城から北へ2km、街は大賑わいで路上は車で溢れている。街を2周した所で会場の直ぐ脇で車を発進する人がいた。すかさず、後に滑り込む。ラッキー。
普段は街のパーキングが会場になっているのだから、パーキングが足りない訳だ。
入場は無料のようだ。会場はマーケット広場(Market Square)だ。中央のステージを囲むように50に近い屋台が出ている。
他にも移動遊園地やミニファームやバーベキューやバーもある。写真下左からドーナッツとクレープ屋、花屋、肉屋、魚屋だ。
ステージは大きなトラックの荷台でフォーク・バンドがスコットランド民謡を演奏している。ホームページからプリントアウトしてきたプログラムでは、
次がスコティッシュダンスだ。広場に並べられたパイプ椅子の空きを見つけて座り込む。
スコティッシュダンスはブラックフォードで見たハイランドダンスと変わりはないが、こちらの方が少し上手なようだ。それもそのはず、
ダンス学校の生徒さん達が踊っているのだ。小さな子から大きな子までクラスがあるようだ。ここでも幼稚園くらいの子供たちが初舞台を踏む姿に、
グランパ・グランマが夢中になっている姿は微笑ましい。ステージの間近で見学出来たし、観客の盛り上がりもあって楽しい時間だ。
次のプログラムのブラスバンドの演奏を聴きながら屋台を冷やかす。ブッチャーの店員は丸々太っている。魚屋には新鮮な鮮魚が並ぶ。
サーモン、タラ、ヒラメ、ニシン、アンコウなどさまざまな魚、エビ、ロブスター、タコ、イカ、ホタテ、カキなどだ。ちっとも生臭さがない。
ここは港町なのだ。北海から上がったばかりの鮮魚なのだろう。
お菓子屋さんもChocolates & TruffesやScottish Table & meringuesなど色々だ。朝摘みのイチゴも美味しそうだ。八百屋、チーズやヨーグルトの乳製品、
ハムや、ソーセージなどの加工品の屋台もずらりだ。元々は19世紀に仕事を求める農業労働者がマーケット広場に群がったのが始まりで、
1973年から復活し、地元の産物を紹介したり、慈善団体の資金カンパ(Fund Raising)を目的のフェスティバルなのだ。
資金カンパのダーツの店があった。ルールは分からないが、カンパして投げて見た。景品は大きなあめ玉1つだ。
移動遊園地の遊具に乗り絶叫を上げて(下左から2枚目が遊具に乗りながら撮った写真)のどが渇いたので飲み物を置いてある店を覗くと、そこも資金カンパの店だ。
封筒に入ったカードを引き、同じ番号の飲み物が当たる単純なくじだ。紫色をした得体のしれない飲料水とビールが当たった。
どちらも冷えていない。生ぬるい紫色の飲料水を恐る恐る飲む。とんでもなく甘くて余計にのどが渇きそうだ。(ビールはB&BのホストSandyへのお土産にしたら喜んでもらえた。)
童心に返り楽しんだ。地元の方との交流もあり満足だ。
Drum Castle Garden ドラム城
ストーンヘブンから北へ20km、ディーサイドにドラム城がある。
ナショナル・トラスト(The National Trust for Scotland NTS)の管理だ。ここもなぜか前回見逃した城だ。
パーキングは有料だ。ナショナル・トラストのメンバーも有料なのかどうかはっきりしないが、支払っておこう(ペイ&ディスプレー)。
入り口の正面に立つのが13世紀のタワーだ(写真下左)。スコットランドで最も古い無傷のタワーで高さは70フィート(21m)だ。
右手が17世紀の建物に19世紀になって増築された邸宅だ(写真下中2枚)。様々な建築様式が混在するという。小ぢんまりした城だ。
タワーに登れるというので一も二もなく登ってみる。それほど高くはないが、緑に包まれた静かな環境が良く分かる(写真下右)。
気まぐれで城内を見学してみる。各部屋毎に日本語の解説シートも置いてあり、この手の物としては分かりやすい日本語だった。
ダイニングルームやベッドルーム、図書室、子供部屋など面白く見学する。廊下に積んであった丸い箱は帽子を入れる箱(Hat Boxes)だった。
とても清新な雰囲気で、家具調度の様子も今現在どなたかが住んでいるようだ。ボランティアのガイドにその感想を話すと「皆さんそうおっしゃいます」とのことだ。
ここは1323年から1975年までアーヴィン家(Irvine family)の居宅であったので、新しい気が流れているのだろう。
美しい小径(写真下左)をウォールド・ガーデンに向かう途中に池(The Pond Garden)がある(写真上左)。一面に藻がはびこっているのは感心しないが、
水生植物でも様々な色形があることを知る。素晴らしいカラー・スキムだ。サンダイアルや像なども立っていて、単に池でなく、ポンド・ガーデンなのだ(写真下左から2枚目)。
ウォールド・ガーデンはオリジナルは1780年に造られた4mの高さの分厚い石壁に囲まれた60m×100m位のガーデンだ。これを4つに仕切って、
そこに17、18、19、20の各世紀のバラを含むガーデンを当時のデザインで再現したもので、"Garden of Historic Roses"と名付けている。
NTSの創立60周年(Diamond Jubilee)を祝って1991年に造られたものだ。
いずれも基本的にシンメトリーなフォーマル・ガーデンだが、17世紀の物は単純だ。中央に丸い池があり、ヘッジで囲んだ4つの花壇とトピアリーを
配したものだ(写真上中2枚)。草花はハーブ類が中心で、バラの種類も少ないようだ。勿論、地面はエバーグリーンの芝で覆われている。
柳を編んで作ったパーゴラやトンネルは17世紀にあったのだろうか?(写真上右)30日に訪れたパークヘッド・ハウスで見たものと瓜二つだ。
分厚い壁にふさわしくクライミングするバラもクレマチスも幹が太く木質化して、長い壁全面を覆い尽くしている。
4つに仕切る十字の通路はイチイの厚いヘッジで囲われ、可愛いローンデージーが咲き乱れる幅の広い芝の通路で気持ちが良い。
十字の中央にはお洒落なガゼボがある(写真下左)。
"Garden of Historic Roses"の説明パネルには"We invite to take a stroll through time, to experience the blooms, colours, forms and scents of four centuries
of rose growing and garden design. "とある。今の季節は花も、色も、形も、香りも十分に体験できないのが残念だ。ここもバラ満開の季節に再び訪れたいリストに入れておこう。
18世紀の庭は若干シンメトリーが崩れている。フランス、イタリア、オランダなどの模倣からイギリス独自の庭に発展する期間だ。
バラを寒さから守るためヘッジも高くし、シュラブや低木を植え込む工夫をしている(写真下右2枚)。オーナメントなどもふんだんに取り入れている。
19世紀の庭は整形式に回帰しているが、ヘッジはなくなり、極めてシンプルでバラ中心の植栽だ。まだバラが咲いていないので寂しい庭に見えるが、
スタンダード仕立てのバラも咲いたら見事だろう(写真下左2枚)。バラの周囲には草花も沢山植栽されている。
19世紀は王族、貴族がプラント・ハンターを世界中に送り珍しい植物を盛んに採取した時期であり、植物の種類が飛躍的に増えたのだ。
バラの品種改良について詳しく知らないが、19世紀後半から20世紀に大いに発展したもののようだ。ここには"historic gallica group"から
"20th-century hybrid shrub roses"まで、7つのグループの400種類のバラがあるという。
20世紀の庭はカラースキムが配慮された見事な植栽に変わる。いわゆるイギリスらしい植栽が見られる(写真下右)。
全てにおいて良くコントロールされている。NTSがゴールド・ジュビリーの記念で造ったガーデンだけに威信をかけての整備だろう。見習うに不足なしだ。
5 Rubislaw Den North
今日もガーデン・スキーム(Scotland’s Gardens Scheme SGS)のガーデンを予約してある。アバディーンの街中にあるガーデンだ。
大都市は迷子になるから避けたいところだが、SGSのホームページに掲載されている写真を見ると外せなくなる。電話で予約すると快諾だ。
どうせ街に入るなら市内観光を兼ねてドライクリーニング店を探そうと準備してきた。市内に入るがパーキングが見つからない。
ようやく見つけたと思ったら工事中でお休みだ。中小の都市であれば、路上のパーキングもあるが、ここアバディーン中心街は路上駐車は一切不可だ。
2周りほどしたが見つからず断念する。
SGSの"5 Rubislaw Den North"に向かう。
"5 Rubislaw Den North"は住所そのものなのだ。ナビ子ちゃんのガイドで近くに居ることは間違いないが見つからない。
通行中の女性に尋ねると大通りではなく横道を入った辺りだと言う。教わった辺りを探すとようやく見つかった。だから大都市は嫌なのだ。
この辺りは素晴らしい建物が立ち並ぶ高級住宅街だ。"5 Rubislaw Den North"もフロントガーデンはさほどの広さではないが大木が繁る。
立派なカントリーハウスは呼び鈴を押すのさえ憚られる存在感だ。呼び鈴を押して待つこと暫し、現れたのは魔女ならぬ魔男?だ。
長身で猫背の老人で白髪、白皙、鉤鼻だ。おまけに長い杖をついている。正に魔女の男版だ(写真下左)。「良く来た。入りなさい」と招き入れられるが、
入ったらこのまま帰れないのではないかと不安がよぎる。
入った部屋の広さに仰天する。家具調度や装飾品もさぞかし・・・と思われる佇まいだ。しばし見惚れる。「誰もいないからお茶は出ないよ」とのことだ。
どうやら一人住まいのようだ。「以前は家も敷地も倍あったが半分手放した」と言う。そう言えば、この家を探している時、
隣の住所が”5−1”、”5−2”となっていて、このお宅が”5”だったのだ。半分を2軒で買ったのだろう。
東京のどこかの高級住宅街も同じような事情だと聞いたことがある。こちらのお宅も相続税が掛ったのだろうか。
老人の家自慢はなかなか終わらない。広い窓から見えるガーデンを指して「素晴らしいガーデンを見せてください」と促しガーデンに移る。
因みに、この老人の名はDr. Thomas Smith、アバディーン大学の物理学の教授をされていたようだ。品性の良さを滲ませるが、かなりの高齢と見受ける。
芝の広場の木陰に椅子とテーブルがあり、テーブルには何冊もの本が置いてあり、椅子にはクロスが掛けられている。我々のために用意してくれたのだろう。
嬉しいことだ。まずはそこに座らされ、本の説明だ。このガーデンが紹介された本とTomがデザインしたガーデンが載っている本だと言う。
ガーデン・デザインが趣味で幾つか他所のガーデンもデザインしたらしい。自分のガーデンについてのコンセプトをたっぷり拝聴する。
「一巡り案内しよう。杖は突いているが、歩くのは早いからしっかり着いてこい」と先に立ち、ガイドツアーが始まる。ハウス前からの眺め。
木陰に椅子とテーブルが見える。樹木の植栽が見事だ(写真下左)。ハウス周辺も植物で覆われている。壁から屋根にクライミングする植物、緑鮮やかなヘッジ、
宿根草の絶妙なカラースキム、どこをとっても素晴らしい(写真下中2枚)。石の周りのグラス類の多様さにも驚く。
自慢の場所に来るとにやりと笑いながら説明が始まる。写真下左は右下がりにカットされたトピアリーと右上がりにカットされたヘッジがデザインの妙だ。
2枚目はスネークするヘッジが何やら意味しているようだが面白いデザインだ。「あなたのガーデンには哲学を感じる」と伝えると「分かるか」とご機嫌だ。
「ガーデンデザインには植物だけでなく形(Form)、科学(Science)、哲学(Philosophy)が重要だ」と情熱的に語る。
右2枚は12本のポプラを円形に植え込んだ庭で"sky telescope"と呼ぶ。上を見上げれば確かに”空の望遠鏡”だ。見上げた円空から気が下りて来て、
下にある金属製の球形のオーナメントに溜まるのだという。脇の大きな槌で叩くと良い音がして、気が伝わってくるのだそうだ。これは哲学だ。難解だ。
ここには沢山の珍しい樹木や外来の樹木が取り入れられていることも自慢らしい。写真下左の中央に写っている丸く刈り込んだ木を自慢する。
日本では当たり前に見られる刈り込みだが、"cloud-pruned trees"と呼ばれ珍しい技法なのだという。「他にも日本から来たものがある」と言って見せてくれたのが、
ウラシマソウ(左から2枚目)とモミジ類(中)だ。針葉樹(右から2枚目)やボタン(右)なども外来種になる。
パークヘッド・ハウス(30日訪問)のMadeleineもカークサイド・オブ・ロッホティー(3日訪問)のIreneも推薦してくれたが、
Tomも同じように"Inverewe Garden"が素晴らしいと薦めてくれた。「この後周遊して旅の後半で訪問する予定だ」と応えると満足げだ。
半分を手放したと言っても1エーカー(4000坪)の庭だ。家の裏手に細長く伸びている。それもなだらかな登り斜面だ。
両脇のお宅も同じようにバックヤードだし、庭の外れから先は街中とは信じられないことに森が続いているのだ。
一隅に珍しいボーダーがあった。スギナモ(mare’s tail)やシダ(fern)など原始の植物から現代の花まで植物の進化を時代を追って植え込んである。
この植物からこの植物の間は何万年とか、この1mが1億年に当たるだとか説明され神妙にうなづく。これは科学だ。
極めて厚い植栽のスロープを蛇行する通路にしたがって進む。随所にTomの哲学がちりばめられている。
写真下左はアインシュタインの相対性理論の方程式のようだ。色々説明してくれたが、理解出来ない。物理学者として何かを表現しているようだ。
次の丸い平板も何か文字が刻まれており、聖書の言葉だと言っているように理解したが定かではない。
"Laboratory Spirit"とも"Monument of Intelligence"とも言っていた。研究心や知性を大切にしろということだろう。
次はスネークするヘッジの終点にあったのだがこれも良く分からない。右の石に刻まれた文字"Sub specie aeternitatis"はラテン語らしい。
物理学の教授さんらしい思い入れと遊び心に溢れたガーデンと理解する。ガーデンとはガーデナー自身がそこで如何に楽しめるかが大切だと再認識する。
ガーデンには幾つか椅子が置いてあるが、左の椅子は座っても大丈夫だろうか? 2枚目の岩の椅子は大丈夫だ。
右2枚の写真のパーゴラとヘッジの模様がGoogle マップではっきり見える。
ポストコードの"AB15 4AL"を入力すると表示される地図の赤いAのマークの家から右に4軒目の家が"5 Rubislaw Den North"だ。ご興味ある方はお試しあれ。
Admissionsは7ポンドだ。決して安くはないが、これもDr. Tomのプライドなのだろう。15ポンドを渡しお暇する。"Inverewe Garden"を訪問するようにとの念押しがある。
Castle Fraser フレイザー城
フレイザー城にやってきた。ここもNTSのプロパティーだ。今年はナショナル・トラスト、 ヒストリック・スコットランド、イングリッシュ・ヘリテージの会員になって来たので大方の施設が入場無料だ。イギリスのこの手の施設の入場料は高い。 ここも会員でなければアダルトは8.5ポンド(1200円)、コンセッションで5.5ポンド(800円)が必要だ。年間5ヶ所も訪れれば会員になった方がお得だ。 初めはそんな思いで入会したナショナル・トラストだったが、その後、その精神に賛同して継続して会員になっている。今回は長期旅行ということで他の2つも入会した。 チケットを都度都度求める手間が省けるし、受付の係員の対応もフレンドリーで気持ちが良い。
ここもパーキングがペイ&ディスプレーとなっている。NTSも財政が厳しいのだろう。パーキングから適度に空も開ける林の中を歩く。
小雨模様だが、こちらの人は傘はささない。我々も真似をしてヤッケのフードを被っただけで歩く。樹木が美しい。樹形、葉色など多彩な植栽だ。
19世紀に造られたウォールド・ガーデンがある。50m×100m位のガーデンが、4つに区切られシンメトリーにデザインされている。
中心にサンダイアルが立ち、それを4つのヘッジで囲んでいる(写真上左)。壁周りはボーダーだ。期待以上に花が咲いていて嬉しくなる(写真上右3枚)。
植物には小さな名札が付いており、妻は気に入った植物を見つけては名前をメモしている。しかし、苗は日本には持ち込めないので入手が難しい。
種が見つかれば持ち帰るが、日本の気候では思うように発芽しない。発芽しても育てるのは結構難しいのだ。
長辺の両端は銅葉の植物の分厚いヘッジで仕切られている(写真上下左から2枚目)。アーチゲートを潜ると中はキッチン・ガーデンだ(写真上右2枚)。
こうしてキッチン・ガーデンとフラワーガーデンが区切られているのは良いことだ(スペースに余裕があれば)。とても素敵にデザインされた植え方だ。
枯れ枝で造られたトンネルは夏になればエンドウ豆で覆われるのだろう。枯れ枝で編んだ支柱も素晴らしい。是非真似てみたい(写真下左)。
ガーデンからお城が見える。ロマンチックだ。モダンなモニュメント、苔むしたサンダイアルも良いが、対照的に素朴な手作りのトレリスも面白い。
この城は15世紀からフレーザー家(Fraser family)の居城として使われてきた。15世紀の城館に1575年から増築が始まり2代に亘って続き、
1635年に完成したものだ。デザインがアルファベットのZの形をしている"Z-plan"の城館の代表的なものとされる。
5階建ての壮麗なお城だが、ガーデンからは少し離れている。雨も降ってきたことだし、遠くで眺めるだけにした。
ホワイトコーナーといい、ロックガーデンのアルペン植物といい、良く咲いてくれている。余り期待していなかっただけに得した気分だ。
Countryside カントリーサイド
イギリスでは野生動物保護の意識が高いと思う。
昨日のキルドラミー城でもそうであったが、次のクラシズ城でも白と黒の羽にオレンジ色のくちばしと足をもつ鳥が威嚇するように鳴いている。
傍らにこんな注意書きがしてあった。「"SHH !" The Oyster Catcher is sat on some egges and would like a little peace and quiet. 」と。
”ミヤコ鳥(Oyster Catcher)が卵を孵しているからお静かに”ということだ。
"sat on some egges"、"would like"の言い回しが面白い。
大切な文化財なのだが、野生動物が巣作りしたり抱卵することには寛容なのだ。
この時期繁殖期だから動物の赤ちゃんが可愛い。フレイザー城の放牧場でも牛の赤ちゃんが沢山見られて、暫し車を止める。
Crathes Castle Garden クラシズ城
到着は18時過ぎだ。しかしここは大丈夫。"Garden open all year daily 9am to dusk"なのだ。パーキングには1台の車もない。
ガーデンへの入り口探しに少し迷ったが、この広大なガーデンを二人占めで楽しめる。幸にして雨も上がった。
ここクラシズ城は既にこの旅行記で何度も登場のスコットランド王ロバート・ザ・ブルース(Robert the Bruce)
から土地を授かったバーネット家(Burnett family)の350年に亘る居城だ。
土地を授かったのは14世紀だが、最初の築城は16世紀、18世紀に東ウイングが加わるなど整備された典雅、端麗な城だ。
しかし、我々のお目当ては城ではない。ここには"The Sissinghurst of Scotland"と謳われる20世紀当初に第13代当主ご夫妻が手掛けた美しいガーデンがあるのだ。 4エーカー(5300坪 190m×90m)のガーデンを8つの部屋に仕切ったアウトドアルーム・ガーデンだ。アウトドアルーム・ガーデンの元祖はコッツウォルズの ヒドコート・マナー・ガーデン(Hidcote Manor Garden)だが、ご夫妻もここを手本としたらしい。なぞらえられたシシングハースト・ガーデンのヴィタ・サックヴィルも ヒドコート・マナー・ガーデンを参考にしたのだ。
されど、ここは元祖ヒドコートを凌ぐスケールだ。何といってもその仕切りの一部は1702年に植えられたイチイ(Irish yew)のヘッジなのだ。 ”樹齢300年の大木”とは耳にするが、”樹齢300年のヘッジ”はおいそれとお眼に掛かれまい。 トピアリーも3mを越す大きなものから小さなものまで数多く、形がユニークで愉快だ。
8つの部屋はそれぞれテーマを持っている。バラが主役の"Rose Garden"や2連の草木ボーダーの"The Double Herbaceous Border"、6月が見頃となる"June Borders"、 そして、色彩別に"The Red Garden"、"The Golden Garden"、"The White Border"などだ。一つのルームが広いから見応えがある。
城のあるレベルからガーデンは2段のテラス式に下がっているから城からの見晴らしが良い。1段目に4つ、2段目にも4つのルームがある。
高低差があるから階段がありガーデンに変化をもたらす。
噴水が2つと池が1つ、水のあるガーデンも心癒す。石の壁もありバラやクレマチスがクライミングしている。サンダイアル、モニュメント、テラコッタ、
アーチ、パーゴラ、ガゼボ、トピアリーと、私がガーデンに求める全ての要素が組み込まれている。
ガーデンマップなどの案内もないし、まだ花も咲いていないので何処がどのガーデンなのかは明確ではないが、何となく雰囲気で想像してみる。
花はなくとも十分に楽しめるガーデンだが、ここも花の満開時に再訪すべきガーデンのリストに二重丸で入れておこう。
お城が高い所にあるから、ガーデンのそこかしこからお城が眺められる。ガーデンは建物と調和した時より美しいが、
その建物がこのピンクのロマンチックな城とくれば、言うことなしだ。
ここの敷地は530エーカー(17万坪)、その中に6つの散歩道(Woodland Walks)が巡っていて、自然と野生生物を楽しめるという。
NTSに譲渡されたのが1951年だ。個人の力でこれを管理するのは難しいことだろう。ナショナル・トラストという受け皿があってこそ、
こうしたものが継続・維持されて行くのだと思う。ナショナル・トラストを創設した人々の英知に尊敬の念を抱くと共に、現在の運営を支える
ボランティアの人たちに感謝する。
Beekies Neuk ビーキーズ・ニューク
ニューマチャーに戻ってきたのは19時40分だ。B&Bに戻ってレストランを紹介してもらっていると遅い時間になってしまう。昨夜のビーキーズ・ニュークが
とても美味しかったし、雰囲気も良かったので今夜もビーキーズ・ニュークに決め直行する。
今夜も満席のようだ。カウンターでエールビールを頼み、勝手に止まり木に座ってメニュー選びだ。昨夜サービスしてくれたウェートレスが「あらっ!」という顔で
オーダーを取りに来る。スターターの1つは昨夜美味しかったマッシュルームのフライに決める。もう1つは
・ Beekie's Pate A smooth home-made chicken liver pate flavoured with cream and brandy, served with a crisp salad and toast メインは
・ Aberdeen Scampi Whole tail breaded scampi, locally produced もう1つは黒板の""Today's Specialの中から"
・ Chilly Italian Meatball on the rice をオーダーした。
マッシュルームジューシー、パテ絶品、スカンピぷりぷり、ミートボールスパイシー、ライス日本に限る。今宵も大満足、大満腹。
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