第22日 7月9日(木) 水色枠の写真はクリックすると拡大写真になります。
今日の行程 Bellevue House --- Carter Bar --- Jedburgh Abbe --- Floors Castle Garden ---
Bughtrig Garden --- Manderston Garden --- Kelso Abbey --- Bellevue House
今日の走行距離 149 km
今日の万歩計 19,600 歩
今日の出発時気温 13℃
ベルビュー・ハウス Bellevue House
ベルビュー・ハウスでの最初の朝は良く晴れて爽快だ。
陽のあたる窓際の席を占め、今日もフル・スコティッシュの朝食だ。ここのフルーツはフレッシュのみだ。
イギリスでは珍しくみかんが置いてある。りんご、バナナと共にいただく。
ヨーグルトがなかったので食事が終わったあと「明日はヨーグルトを用意して欲しい」と注文をつけると
「あっ! 出し忘れていた」と恐縮している。こんなことなら最初から頼めば良かった。
旅も終盤、疲れも出る頃だろうと考え今日のスタートは10時と組んでいたが、9時にはスタート準備が出来てしまった。
最初の訪問予定のフロアーズ城は歩いても行ける距離だ。まだオープンには早すぎる。
そこで、2番目の予定のカーター・バーへ先に行くことにする。
カーター・バー Carter Bar
10年前に初めてスコットランドを訪れた時に立ち寄ったカーター・バーにある国境を示す石碑がとても印象に残っている。 5年前の往復もそうだったが、今年の帰路もカーターバーを通らないルートとなるので10年ぶりに訪れることにした。 B&BからA698を経由しA68に入り南下すること40km足らず、30分で到着した。
国境といっても壁があったり柵があるわけではない。(グーグルの航空写真でご覧あれ) 上下線の側道にそれぞれ大きな石碑が立っているだけだ(写真上左3枚)。先ずは東側の側道に車を止める。天気も良く観光客で賑わっている。 こちら側の石碑は初めてだ。スコットランド側から見ると"ENGLAND"と刻んである(写真上左)。反対にイングランド側には"SCOTLAND"と刻まれている(写真上左から2枚目)。
カーター・バーは標高400m余りの峠だ。ビューポイントから北の方向の眺望が素晴らしい(写真上、下左・中)。
蛇足ながら、上のパノラマ写真にある柵は国境を示すものではなく、家畜が道路に入り込まないための柵だ。
一旦イングランドに入りUターンして西側の側道に車を止める。こちら側の石碑の方がどっしりとしている(写真2つ上の右から2枚目)。
バグパイパーの準備も出来て演奏が始まった。バグパイプの音色はいつ聴いても哀愁を帯びて良いものだ。スコットランドとイングランドの長い戦いの歴史が思われる。
イングランドから入る人にアピールするようにセント・アンドリュース・クロスの看板と国旗が掲げられている(写真2つ上の右)。
何かパフォーマンスでも始まるのか? カラフルな馬車が止まっている。それを牽いてきたらしい馬が柵の外に繋がれていた(写真下右)。
ジェドバラ・アビー Jedburgh Abbe
カーター・バーからA68を北上すること15kmで
ジェドバラ・アビーに到着する。
アビーと道路を隔てたすぐ東のパーキングに空きがあった。パーキングからタワーのクロッシングアーチ越しにウエスト・フロントのバラ窓が見える(写真下左)。
歩道からアビーへのアプローチは花で飾られている(写真下中)。
ビジターセンターには数々の展示があるがあまり興味はない。一角に中世の修道士の衣装が展示されていて、試着ができるコーナーがある(写真上右)。
二人揃って着てみた(写真下右)。衣装は中世の香りというよりカビ臭い。そろそろクリーニングが必要だ。
スコティッシュ・ボーダーにはジェドバラの他にメルローズ、ケルソー、ドライバラにもアビーがあり、ボーダー四大アビーといわれている。
今回はその全てを訪れる予定だ。
ジェドバラ・アビーは1138年から70年もの歳月を費やして建設されたものだ。そのためロマネスク様式に初期のゴシック様式が入り混じっているのだ。
建設は最も神聖なイースト・エンドから始まったといい、この部分はロマネスク様式で建てられている(写真下左2枚)。
タワーから西の身廊部分は1180年代の建設でゴシック様式だ(写真上左・中、下右)。
アビーは戦争や災害の被害による破壊と再建・増築が繰り返され、16世紀の修道院解散令以降廃墟となったものだ。
ウエスト・フロントの破風の大きなばら窓は1440年頃の建造だという。よく保存されており美しい(写真下右)。
ショップにて友人へのお土産を2点求める。
元は回廊に囲まれた中庭が美しいガーデンになっている。"Cloister Garden"と呼ばれる。イギリスのガーデン史における最も初期のガーデンが 教会などで始まった薬草園やハーブ園なのだ。5年前に訪れた時にはそんな中世の雰囲気を備えたガーデンだったが、 5年の間にすっかり様変わりをしてしまった。バラが沢山取り入れられた華やかなガーデンになっているのだ(写真下中・右)。 それはそれで楽しいのだが、アビーの廃墟には似合わないように思う。
フロアーズ城・ガーデン Floors Castle Garden
次の訪問地はモンテヴィオット・ハウス(Monteviot House Gardens)だ。ところが到着してみると、オープンは12時からだった。
ケアレスミスだ。ベル・タワー(Bell Tower)を写真に収めて(写真右)、ここはスキップしてフロアーズ城に向かうことにする。
フロアーズ城は1721年に初代ロックスバラ公爵(1st Duke of Roxburghe)が当時の一流建築家であった
ウイリアム・アダム(William Adam)に建てさせた邸宅を第6代公爵が1837年に、これまた一流建築家のウィリアム・プレーフェア(William Playfair)に改築させたものだ。
フロアーズ(Floors)の名前は英語の"flowers"あるいはフランス語の"Fleurs"に由来するという。"Floor"でなくて良かった。
スコットランド最大の城といわれるだけに壮大なスケールだ。私のバカチョンカメラでは全体を撮したら表現しきれない(写真上左)。
そこでホームページから拝借した写真をご覧いただこう。全体像とロケーションがご理解いただけるだろう。
後ろを流れる川はツィード川(River Ttweed)、左奥がケルソの街だ。。壮大・壮観なスペクタクルだ。
オフィスで"Garden & Grounds Only Ticket"を求め城の東側を回り込んで城の南面に出る。ガーデンに出る。
ここでも全景と捉えようと努力するがメインホールから東翼ホールを捉えるのが精一杯だ(写真上中)。メインホールの右半分はボールルーム(Ballroom)だ(写真上右)。
東翼ホールの南面外壁に沿ったボーダーガーデンの色調がブルー&ホワイトで良い感じだ(写真上左)。 この壁の入口から入った中庭がフォーマルガーデンになっている(写真上右)。中央に高々と立っている像はギリシャ神話のヘルメス(Hermes)だ(写真上中)。
城の西の森の中にウォールド・ガーデン(Walled Garden)がある。1857年に造られたもので200m×100mもの広大さだ。
その北東部分がミレニアム・ガーデン(Millennium Garden)として2000年に改造されている。
ミレニアム・ガーデンの北東角にある小さな建物はクイーンズ・ハウス(Queen's House)と呼ばれる(写真上左・中)。
1867年にヴィクトリア女王が訪れた際にティータイムを楽しむために建てられたものだ。
写真上中の右側のテラスから眺めるミレニアム・ガーデンは余りに広大でそのデザインが見えてこない(写真上右)。
ここでもホームページから拝借した写真で説明しよう。
上部中央が公爵の小冠(Ducal Coronet)のトピアリーだ。その両脇の“M”のトピアリーはローマ数字の“1000”を表す。Mが2つで2000という訳だ。
下部は公爵(Guy)と公爵夫人(Virginia)のイニシアルの“G”と“V”そしてロックスバラの“R”をデザインしているのだ。
見晴台でも造ってもらわないと分からない。
南西部は十字の通路が交差する中央をアーチとロープ&ポストで円形のバラのコーナーを造りベンチが置いてある(写真上左・中)。 そして、通路の両脇がスケールの大きなダブル・ボーダーだ(写真上右、下3枚)。余りにスケールが大きく、そのメンテナンスを思いやると目眩がしそうだ。
1850年代からのヴィクトリアンの温室も何棟もある。その一つに素晴らしいフクシアの鉢植えが並んでいる(写真下左)。
必要に応じお城に運ばれ飾られるのだろう。ウォールド・ガーデンの本来の目的は花や野菜、果物を供給するために造られたのだ。
現在も野菜を鳥獣から守る六角形の囲いがある(写真下中)。キッチン・ガーデンも見た目を楽しめるようにしてあるのだ。
ウォールド・ガーデンの一角はガーデン・センターになっている(写真下右)。
草花の苗だけでなくガーデングッズも沢山おいてあるが、めぼしき物が見つからない。残念だ。
バートリグ・ガーデン Bughtrig Garden
バートリグ・ガーデン(読みが正しいか? 疑問)に遣ってきた。初めての訪問だ。ハウスは1785年に建てられたジョージアン・ハウスだ(写真下中)。
ディクソン家(Dickson Family)、メイ家(May Family)と受け継がれ、1936年からラムゼー家(Ramsay family)がここに住んでいる。石の文化の良さだ。
このガーデンはマーガレット・ラムゼー夫人により1936年から1960年に掛け再設計されたものだ。
現在のオーナーウィリアム・ラムゼー(William Ramsay)は芸術愛好家ということでパーキングからのウォールド・ガーデンに向かう森の中に
真っ先に真っ白な彫刻が目に飛び込む(写真下左)。"Godwin"と題されているが、このモデルが何者かは分からない。
ガーデンは生垣で仕切られたアウトドア・ルーム形式のガーデンだ。ホスタなどリーフを主体のグリーンの色調でまとめたガーデンが爽やかだ(写真上右)。
デルフィニウムとローズが主体に植え込まれたガーデンには温室がある(写真下中)。温室の中にはラクダの剥製かと見間違えたモニュメントがある(写真下右)。
これもアート作品の一つらしいが違和感がある。
日時計のある小径のバラは黄色だ(写真上左)。ルームとルームの間のボーダーも植栽、カラーを変えている(写真上中)。
マーガレット・ラムゼー夫人によって設計されたグラス・ウォーク(Grass Walk)と名付けられたボーダーがある(写真下左・中)。
通路に芝が敷かれているからグラス・ウォークという訳だ。両サイドはコッパー・ビーチの生垣で仕切れられている。ルピナスとカンパニュラが見事に咲いている。
グラス・ウォークの隣がメモリアル・ガーデン(The Memorial Garden)だ。ハウスの最初の住人のバートラム・ラムゼー提督(Admiral Sir Bertram Ramsay)を記念したものだ(写真上中)。
バートラムは現在のオーナーのおじいさんで第2次世界大戦におけるDデイ(D-Day)作戦を指揮した司令官だ。
2002年に造られたもので等身大の提督のブロンズ像の周りは質素なノット・ガーデンだ。
現オーナーの好きな彫刻が幾つもある。"The Parachutist"と題する作品がある(写真下左から2枚目)。
実際にこんなタワーから飛び降りて訓練したのだろうか? 落下傘兵が少年に見えるが何を意味するのか?
子羊を抱く女性像が美しい。この真っ白な素材は何なんだろう? クエッションばかりだ。
それにつけても、今正にバラの最盛期に出くわした。幸運だ。このガーデンのガーデナーの名前は"Mark Gardner"ということだ。
生まれながらにガーデナーなのだろう。見事なメンテナンスだ。この小さなファミリー・ガーデン(Family Garden)の情報をどこから仕込んだかは覚えていないが、
良いリサーチをしたと自分を褒めておこう。
マンダーストン・ガーデン Manderston Garden
マンダーストン・ガーデンも初めての訪問となる。 入場料の"Concession"の"Garden Only"で1人6ポンドを支払うと、至って大まかな"A Guide to Manderston"なる地図を示し、 至って早口で説明してくれる。ほぼ理解不能。
最初に現れたのは厩舎(Stables)だ(写真上左)。1895年に建てられたもので、さる雑誌に"Arguably the finest in the world"と評されたという。
開かれたハーフ・ドアーから馬が顔を出してくれたら嬉しいのだが・・・。窓のデザインも厩舎のものとは思えない。
破風に建築年を表すプレートが付いている(写真上中)。
次は"Head Gardener's House"だ(写真上右)。こちらは1897年に建てられたものだ。城を模した洒落たデザインのハウスだ。
そして、壁に囲まれた庭には重厚なサンダイアル(写真上右)や噴水(写真下左)など立派な装飾が施されている。
イギリスにおけるヘッド・ガーデナーの地位の高さが偲ばれる。
ゲートの上部のプレートの"Omne Bonum Superne"は後で述べるミラー家のモットーだ(写真下中)。"All Good Comes From Above"という意味だという。
"Head Gardener's House"の壁の外にフロリバンダ ・バラを植え込んだ広場がある(写真上右)。赤色のさまざまな種類が見られる(写真下4枚)。
次に現れたのは"The Marble Dairy"だ(写真下3枚)。何と大理石でできたバター・チーズの製造所だ。床も作業台も柱や天井も大理石製だ。
大理石は7カ国から集められたという。何故そんなに贅沢を・・・。
一角に"Tower"がある(写真下左)。これは1700年代前半の建築だという。このハウスの所有者も何度も変わっており、その歴史は複雑なようだ。
大きなフォーマル・ガーデンが現れた。1つは大きな壷のオーナメントを中心に幾何学模様の花壇を配したサンクン・ガーデンだ(写真上右)。
オーナメントはベンチになっている。(拡大写真で重厚な壺のアップ写真がご覧になれます)
このフォーマル・ガーデンもアウトドアルーム形式で造られている。次のルームは小ぶりなガーデンだ。生垣と芝生の緑に映える真っ白なおしゃれなオーナメントは
コンテナだろうが植え込みはなくシンプルに立っている(写真下左)。
その隣に高々とした石の柱に丸太を渡したパーゴラがある(写真下中)。長さが30mほどの堂々としたパーゴラだ。柱から天井につるバラがクライミングしている。
パーゴラへの階段にはライオンのオーナメントが威風堂々立っている(写真下右)。
その隣に別のサンクン・ガーデンが展開する。中央に装飾的な噴水を配し、その周囲には芝を敷き幾何学模様の花床を切りベゴニアの植え込みがされている(写真上左・中)。
サンクン・ガーデンを囲むテラスには重厚な雰囲気の水鳥に見守られたエンジェルの噴水(写真下左)、アイビーにつるべを取られた井戸のオーナメント(写真上右)、
螺旋の支柱に支えられた屋根のあるポーチ(写真下中)などガーデンに品格と威厳を増すオーナメントが程良く配置されている。
上記3つのルームの西側を貫いてダブル・ボーダーが走る(写真上右)。80mはあろうかというロングボーダーだ。
植栽はフロリバンダ ・ローズとハーブが中心だが、単調だし、最盛期は少し先になりそうだ。
このボーダーの反対側の終わりのゲートが素晴らしい。ボーダーから見たのが写真下左だ。階段でガードするのは左にライオン、右にスフィンクスだ。
ゲートの反対側からの写真が下中だ。ロート・アイアン製の門扉の模様が美しい。門柱の上のエンゼルが歓迎・祝福してくれているようだ(写真下右)。
ゲートを通りしばらく森の中を行くとようやくハウスが見えてくる。壮大なお館だ。マンダーストンの歴史はは15世紀に遡る。
1586年まではジョージ ・ホーム卿(Sir George Home)の所有であった。
1790年にウェザーストーン家(Weatherstones Famiry)が建てたハウスを1855年にジェームズ・ミラー 卿(Sir James Miller)が購入。
しかし、彼の死で弟のリチャード・ミラー(Richard Miller Miller)に譲られ、リチャードは結婚のため1903年からジョン・キンロス(John Kinross)に改築を依頼する。
それが現在に残るハウスだ。見事なエドワード王朝様式の邸宅(Edwardian Mansion)だ(写真下右)。
建築家のキンロスが建築に関わる予算を訊ねたところ、リチャードは"It simply doesn't matter"と答えたという。内部も絢爛豪華だというが、あまり興味はないのでパスする。
ハウスはこのグーグルの航空写真でご覧いただける通り南南東向きに建てられ、
ハウスの南面に100mに及ぶテラス・ガーデンが広がっている。ハウス東側のローン・ガーデンから入場する。フロアーズ城の中庭にあったものと同じ
ギリシャ神話のヘルメスの像が立っていた(写真下左)。ローン・ガーデンとテラスの仕切りに大きな石の壺(Stone Vases)が4つ並んでいる(写真上左)。重厚だ。
テラスは2段になっている。1段目はハウスと同じレベルにあり東の端に豪壮なゲートがある(写真下左から2枚目)。
この門柱の上ではワシの頭と翼、ライオンの胴体を持つ怪獣・グリフィン(Griffins)がガードしている。
2段目のテラスはホームページのこの写真をご覧いただくとその全景がよく分かる。
テラスは5つに区分されている。その真ん中は中央に女性の裸像が立ち、周囲を幾何学模様の柘植のヘッジで仕切った花床がフォーマルにデザインされている(写真下右から2枚目)。
花床にはここでもフロリバンダ ・ローズが使われている。
そして、その両隣に噴水のある大きな丸い池を中心にしたフォーマルガーデンがある(写真上右)。さらにその外側にエンジェル像を中心に葉色の違うコニファーや
柘植のヘッジの花床を配したフォーマルガーデンがある(写真上中)。
像や池などのオーナメントにしろ、階段や欄干の造作にしろ荘重にして壮麗で圧倒される。このハウスには現在でもリチャードの玄孫(やしゃご)に当たる
パーマー卿(Lord and Lady Palmer)が住んでいるのだ。優雅なものだ。
テラスの南側は湖に向かってなだらかな芝生のスロープが広がっている(写真上左、下左・中)。湖には木製の洒落た橋が架かっており(写真上左の拡大写真で)、 水面にはスイレンが広がっている(写真下左・中)。橋の先の森が"Woodland Garden"だ。橋の袂に瀟洒な"Boat House"がある(写真上右)。 木陰のベンチでこの豊かな空間に身を置く幸せを噛みしめる。
ケルソ Kelso
もう一つガーデンを訪れる予定であったが、優先度は高くないし、まだお土産のショート・ブレッドが揃っていない。
いざとなれば空港の免税店でも賄えるが、できればここで揃えて荷造りし受託手荷物としたほうが身軽で便利だ。羽田から自宅に宅配するのにも都合が良い。
ケルソの街外れにスーパー・マーケットのセインズベリー(Sainsbury's)があった。この後はショッピングタイムとしよう。
求めたのはショート・ブレッドは大が8箱、小が15箱。チョコレート2箱、紅茶1箱などだ(写真下左)。セインズベリーは広大な売り場面積に
素晴らしい品揃えだ。缶詰なども色々ある。スコットランド名物のハギスの缶詰も見つけた(写真下中)。思い出に持ち帰りたいところだが、
ずっしり重い。代わりにサーモンの缶詰を1つ籠に入れる。
B&Bに戻り購入した品物を含めお土産品の整理とパッキングをする。まだ幾つか足りないが、空港の免税店を利用しよう。
部屋の窓からボーリングをしている人たちが見える(写真上右)。年配のグループだけでなく若者のグループも興じている。その奥にはテニスコートが3面、
さらにその奥にラグビー・グランドが展開している。地図にはケルソ・ラグビー・フットボール・クラブ(Kelso Rugby Football Club)と出ている。
わずか人口6000人足らずの街にこれだけの施設があるのだ。
B&Bのホストに昨夜、目星をつけたパブについて訊ねると、「良い選択だ」とのことだ。「街まではツィード川沿いの"Cobby Riverside Walk"を歩くと良い」
とのアドバイスだ。B&Bから300mほどでツィード川の岸辺に出た(写真上下)。
川の流れは緩やかだ。向こう岸には牛や羊が放牧されている(写真上中)。街の方向を見るとパリッシュ・チャーチ(Kelso North & Ednam Parish Church)の尖塔が見える(写真上右)。
川辺や水面には色んな種類の水鳥が見られる。コウノトリらしき珍しい鳥にも出合った(写真下左)。15分で街のスクエアーに到着する。
コッブル Cobbles
昨夜、目星をつけたパブはコッブルだ。昨夜の店の前の喧騒から想像していたより、
かしこまったお店だ。 オーダーは スターターとして
・ Five Bean Pate, Toasted Ciabatta, House Churned Rosemarry Butter, Smoked Sea Salt と
・ Chef's Potted Pate, Thyme Infused Wine Jelly, Tosted Ciabatta, Grape and Chutney とする。 メインは
・ Border Charcuterie Platter Served with Celeriac Remoulade, Olives, House Preserves, Scottish Blue Cheese と
・ "7OZ THICK RIB can be cooked through the range" A lean cut of meat taken from the fore shoulder,
similar to rump steak but with the fat removed. Great with a peppercorn sauce. とした。ステーキには付け合せとして hand-cut chips と
3つの選択肢から Traditional garnish of slow-roast tomato, onion rings and garlic field mushroom を選んだ。
すでに旅から20ヶ月が経過してからの旅日記作成だから、今となっては味は覚えていないが、あす金曜日は"Kelso Folk Music Friday Sessions"なる
ライブがあると聞いて、明日もこちらにすれば良かったかなと思ったくらいだから美味しかったのだろう。
昨夜のレストランのコンテンティッド・バインで顔を見かけた方が「昨夜も一緒だったわね」と声をかけてくれる。こんな交流も楽しい。
ケルソ・アビー Kelso Abbey
食事を終えたのが21時すぎ、まだまだ明るい。
ケルソ・アビーまで3分余りの距離だ。
街の中心部にあり、ジェドバラ・アビーの項で述べたボーダー四大アビーの中では最も古く、最も大きなアビーだ。
1128年の設立で15世紀には2つの身廊とクロッシング・タワー、4つの翼廊を持つ壮大なものだったという。
度重なるイングランドの攻勢と宗教改革により16世紀以降荒廃し、保存状態は四大アビーの中で最も悪い。
ヒストリック・スコットランドの管理で入場無料だが、今の時間は閉まっている。外からの撮影となるが、
アビーの建物の3面ギリギリを道路が走っている。撮影ポイントは道路越しということになる。極めて危険だ。
ケルソ Kelso
黄昏の街をウインドーショッピングがてら歩く。サイクルショップのサインとハンギングが素敵だ。船とイルカのオーナメントはどこの店のものだったろうか? コッブルで小さな赤ちゃんにミルクをあげていたご夫妻に会う。「赤ちゃんは?」と訊ねると「おばあちゃんが連れて帰ったの」とのことだ。 赤ちゃんを親に預けて二人きりの散策を楽しむ若いカップルだ。
F.U写真集 F.U Photo Album
今年も妻が撮影した写真を掲載させていただく。異なった視点からの写真も面白いかも知れない。
写真下左から
ジェドバラ・アビー クロッシングアーチ越しにウエスト・フロントのバラ窓を望む
ジェドバラ・アビー イースト・エンドのロマネスク様式の部分 壁が厚くゴシック様式に比べ窓が小さい
ジェドバラ・アビー 身廊のゴシック様式の部分 1階部分は手前の壁で隠れているが壮麗な3階建てだ
写真下左から
フロアーズ城・ガーデン 南東からの眺望 これで東翼ホールのみ 左にメイン・ホールと西翼ホールが連なる
フロアーズ城・ガーデン ウォールド・ガーデン 通路のクロス部分 アーチとロープ&ポストで円形のバラのコーナー
フロアーズ城・ガーデン 大型の宿根草や潅木を使ったスケールの大きなダブル・ボーダー
写真下左から
バートリグ・ガーデン シャクヤク・ガーデン(Peony Garden)
バートリグ・ガーデン 日時計のある小径と温室
マンダーストン・ガーデン 大きな壷のオーナメントがあるサンクン・ガーデン
写真下左から
マンダーストン・ガーデン 高々としたパーゴラの石の柱に絡むバラ 奥にルピナス
マンダーストン・ガーデン 中央に装飾的な噴水があるサンクン・ガーデン
マンダーストン・ガーデン 湖に架かる木製の橋の上からハウスを望む 全てがケタ外れのスケール
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